
鳥取城の歴史と魅力を探る:戦国の面影と絶景を楽しむ旅
私は今回、鳥取市内にある鳥取城を訪れました。
街の近くにありながらも、山城ならではの雰囲気を存分に感じることができました。鳥取城は、戦国時代の面影を残しつつ、時代ごとの歴史を色濃く反映させた魅力的なお城です。城跡を歩きながら、過去と現在が交錯するような鳥取城についてご紹介します。
鳥取城とは
まずは、鳥取城について、軽くご紹介しましょう。
鳥取城は、戦国時代には豊臣秀吉による兵糧攻めの舞台となり、江戸時代には鳥取藩の中心地として活用されたお城です。
江戸時代には、外様大名が治める城で唯一、徳川の家紋である「葵紋」の瓦の使用が許されていました。江戸時代以降、藩主を務めた池田家の藩祖:光仲の曽祖父が徳川家康であったためです。
そんな鳥取城の大きな特徴として、山頂と山の麓で、お城が2つに分かれていることです。戦国時代の面影を残す「山上ノ丸(さんじょうのまる)」と、江戸時代の鳥取藩の中心地として活用された「山下ノ丸(さんげのまる)」の2つのエリアで構成されています。山上ノ丸では、険しい山城ならではの防御力と、鳥取平野や日本海を一望できる絶景が楽しめます。一方の山下ノ丸は、ここにしかない特徴的な遺構や、西洋風建築「仁風閣(じんぷうかく)」が見どころです。
今回は、山下ノ丸を実際に歩いてきたので、次章から詳しくご紹介します。
訪れた鳥取城をレポート
鳥取城の行き方
鳥取城へは、鳥取駅から運行している便利な100円バス「くる梨(くるり)」を利用するとアクセスが簡単です。「くる梨」は青・赤・緑の3つの路線があり、鳥取城へ向かう場合は緑の路線を選びましょう。「仁風閣・県立博物館」バス停で下車すると、目の前が鳥取城です。所要時間は約15~20分ほどなので、初めて訪れる方にもおすすめです。
鳥取市100円循環バス「くる梨(くるり)」路線図・時刻表(HTML版)
仁風閣へ
バスを降りて向かって左手に進むと、まず「北の御門跡」と「宝珠橋」があり、そこから鳥取城跡に入ることができます。トイレは二の丸にもありますが、自販機は仁風閣の近くにしかないので、飲み物を持っていない場合はここで購入しておくと良いでしょう。(お城に登るのは、慣れていないと結構疲れるので、休憩を取るのも大切です)
道なりに進んで行くと、右手に白くて大きな洋館が見えてきます。この建物は「仁風閣(じんぷうかく)」。1907年に建設された旧藩主:池田家の別邸で、フランス風ルネサンス様式の、白亜の木造瓦葺2階建ての建物です。水平ラインや垂直要素が特徴的な装飾が施されています。
残念ながら、仁風閣は現在修理工事のため長期休館中。2024年11月現在、内部の見学はできません(令和10年度中に再開館予定)。しかし、仁風閣の裏には「宝隆院庭園」という池庭があり、落ち着いた雰囲気を楽しむことができます。また、仁風閣の歴史を解説するプレハブ小屋もあり、外からでも十分に仁風閣の魅力を感じることができます。


西坂下御門から二の丸へ
仁風閣を後にし、元来た道を右手に登っていくと、西坂下御門が見えてきます。1867年に創建されましたが、嵐により1975年に倒壊。現在は復元され通ることができます。

西坂下御門からさらに登っていくと、二の丸に到着。ここにはかつて、姫路城から移った、池田光政のころに建てられた三階層櫓がありました。この光政の祖父は、姫路城大天守を築いた池田輝政。そのため鳥取城の二ノ丸櫓は、姫路城を築いた職人たちが関わっているとされ、鳥取城の二ノ丸櫓は姫路城の弟城とも呼べるものでした。残念ながら、現在は櫓はなく、石垣のみがその名残をとどめています。

二の丸跡のほかに、鳥取城の石垣を切り出した「石切場」や、「登り石垣」を見られます。「登り石垣」とは山腹から敵の侵入を防ぐ役割をするもので、鳥取城にあるものは、幕末のものとして国内唯一です。
また、この辺りにはキツネをまつった小さな社もあります。鳥取城には、三日三晩で江戸と鳥取を往復したキツネの伝説があり、このキツネをまつる「中坂稲荷」という神社が存在します。しかし、この神社は二の丸と本丸を結ぶ山道の途中にあるはずで、二の丸にあるこの小さな社がどのようなものであるかは確認できませんでした。
天球丸へ
キツネを祀った小さな社を過ぎると、走櫓(はしりやぐら)跡と菱櫓(ひしやぐら)跡が見えてきます。これらの櫓跡を通り過ぎ、表御門跡を経て、小さな石段を登ります。この石段は非常に狭く、すれ違う際には注意が必要です。なお、キツネをまつった社の近くにも登れる道がありますが、そちらも同様に狭い石段となっています。
狭い石段を登りきると天球丸に到着。山下の丸の最上部にあたる場所で、かつては住居や稽古所があったとされる場所です。ここからは鳥取市内を一望できる、素晴らしい展望が広がっています。

さらに、石垣の縁から下を見ると、丸いでっぱりのような石垣が見えます。これは「巻石垣(まきいしがき)」と呼ばれ、背後の石垣が崩れるのを防ぐためのものです。国内で唯一、鳥取城でしか見ることができない特徴的な石垣です。

ここから「山上ノ丸」へ向かうこともできますが、この先は完全な山道となります。今回は、城を降りて三の丸へ向かうことにしました。
三の丸から中ノ御門跡、擬宝珠橋へ
天球丸に登る際に通った狭い石段を下り、そのまま坂道を下っていくと、鳥取県立鳥取西高校の入り口が見えてきます。三の丸のエリアは現在、高校の敷地として利用されているのです。よく見ると、高校の校舎が石垣の上に建っていることがわかります。

高校を過ぎてさらに坂道を降りると、目の前に工事現場が現れます。これは、中ノ御門跡の復元工事現場。2025年春の完成を予定しています。私が訪れた時点では、ほぼ完成しているように見えました。
中ノ御門跡の前を右に曲がり、直進すると、最初に自販機があった場所に戻ります。
そのまま城を出て左へ曲がり、お堀沿いに進んで行くと、先ほど触れた中ノ御門跡につながる「擬宝珠橋(ぎぼしばし)」に到着。現在も橋を渡ることができ、門の前まで行くことができます

橋を戻り、来た道をそのまま進んで行くと戦国時代の鳥取城の城主:吉川経家公銅像にたどり着きます。これで鳥取城巡りは終了。近くには、先ほど乗った100円バスのバス停もあるため、そちらに乗って帰ることができます。
まとめ
いかがでしたか。
今回は山下ノ丸までしか登りませんでしたが、それでもかなり疲れました。しかし、山下ノ丸からの景色も良く、標高50メートル程度とは思えないほど見晴らしが素晴らしかったです。
天守や櫓などは残念ながら残っていませんが、特徴的な遺構を楽しむことができ、洋風建築である仁風閣も見られるため満足度は高いお城です。
※今回使用した写真ですが、一部著作権フリーのサイトから写真をお借りしています。元々ブログに書くつもりが無かったので、取り忘れがあったためです。
参考:まるごと鳥取城跡 歴史からアクセス、イベント情報までまるっとわかる|特集|鳥取市観光サイト【公式】 - 鳥取市のおすすめ観光・旅行情報
参考:鳥取城跡 「日本(ひのもと)にかくれなき名山」に築かれた城 |特集|鳥取市観光サイト【公式】 - 鳥取市のおすすめ観光・旅行情報
参考:国指定史跡「史跡鳥取城跡附太閤ヶ平」にようこそ!|鳥取市