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映画『ラストマイル』はエンタメながらも、心に強烈な"痛み"を残してくれた凄い作品でした

ようやく観てきました!映画『ラストマイル』。2時間9分あっという間で、観終わってからラストの”意味深シーン”の意味をグルグル考えていました。

でも”あえて”スッキリさせなかったと脚本家の野木亜紀子氏の言葉がパンフレットにあったので、委ねられた身としては自分なりの解釈で納得すればいいと受け止めました。

ラストマイル=荷物が顧客のもとに到着する前の最後の区間

そういう意味だったんですね…。私は某通販番組のヘビーユーザーなので、ラストマイルの配達員のS川さんには特に大変お世話になっております。

配達員の方は地域によって決まっているので、平日と休日では違う方ですが、毎回同じ方が運んできてくれます。

いつからか家の玄関のドアが″バーン!″と音を立てて閉まるようになってしまったので、できれば静かにドアを閉めてほしいんです。

でもいつも荷物を渡してすぐに背中を向けて去って行かれるので、その度に″バーン!″と凄い音が…。届けられた荷物でとっさに押さえられるときは、自分でドアを止めてから静かに閉めるようにしているんですが。

「こっちはくそ暑い中お前の荷物を運んでやってるんだぞ!ドアのことまでいちいちやってられない!」

とその背中にいつも無言で言われているようで、正直ちょっとだけ嫌な気持ちになることもありました。でもこの映画を観て、その苛酷な労働環境を思えば「いつも運んでいただいてありがとうございます」と、感謝の気持ちを持つべきだと反省することしきり…。

コロナ禍でさらにネットショッピングの需要が高まり、こちらは欲しい商品を”ポチっ”とするだけで手元に自動的に届く…。

今やその便利さにすっかり慣れてしまい、巨大な流通システムに組み込まれている”一番最初の一番楽なところにいる”のが自分だということすら忘れてしまっているということを、改めて突きつけられた想いでした。

監督の塚原あゆ子氏のパンフレットの言葉にぐうの音も出ませんでした。

「WANT(欲望)」を発信することが悪なのか。それとも「WANT」を煽るシステム側に問題があるのか。まさにニワトリと卵の関係ですが、とにかく今の社会を血流のように巡る流通システムの中で、自分たちの現在地を問うてみたかった。

映画『ラストマイル』パンフレットより

たとえばこの映画でも、流通業界最大のイベントの一つ”ブラックフライデー”がターゲットにされたわけですが、あのお祭り騒ぎは誰もが果てしない熱量を持って臨んでいて、注文する側(ユーザー)も注文される側(巨大企業)も互いの「WANT」が入り乱れて異常な世界だと感じることがあります。

そんなお祭りの最中、届いた荷物に爆弾がしかけられている…現実的に起こったら大パニックになりそうなクライムサスペンスを撮りたいという塚原氏のアイデアからスタートしたこの映画。練りに練られた見事な脚本の力と豪華俳優陣が集結して、これ以上ない贅沢なエンターテインメントが成立していました。

主役の舟渡エレナを演じた満島ひかりは、”アテガキ”されたイメージを裏切ることない緻密で繊細な演技で「満島ひかりってやっぱりいい俳優じゃん!」と感じました。サバサバしていて行動力のある男前なエレナは、満島ひかりにピッタリでした。

エレナのサポート役・梨本孔を演じた岡田将生は、どこか他人事で人間味の感じられない雰囲気から、事件を通して徐々にその人間性が明らかになっていく様を巧みに演じていたと思います。

野木氏が「陰の主役」と称していた、羊急便の委託配送のドライバー役の火野正平と宇野祥平の佐野親子も、非常にいい味出してくれていました。

昼ご飯を食べる時間もろくに取れずに何十件もの配達をこなし、荷物一つ届けて儲けはたった150円。「安く使われている」象徴がこの佐野親子。

でもこういう”ラストマイル”を支える膨大な数の人たちが存在しているのが、今の流通システムの現状。エレナたちの働く世界規模のショッピングサイト「デイリーファスト」の物流倉庫でも、派遣会社から派遣された何百人もの人たちがハードな条件で「安く使われている」。

資本主義という巨大なシステムによって生み出された歪みがどこから来ているのか?がこの映画の大きなテーマの一つでした。

システムに「安く使われない」ためにはどうすればいいのか?結局は人間の「WANT」がある限り、その歪みは簡単には取り除けないというのが結論のような気もしました。

中村倫也が演じた元「デイリーファスト」のチームマネージャー・山崎佑。彼がロッカーに書き残したこのメッセージが映画の重要なキーワードでした。

「2.7m/s →0」

彼もまた巨大な物流倉庫を管理する重責に疲弊し、どうにかして現状を打破すべくまさかの行動に出ました。

物流倉庫のベルトコンベアの速度は「2.7m/s」、耐荷重は70kg。山崎は、自らがベルトコンベアに向けて飛び込むことで、そのベルトコンベアの動きを止めようとしました。「→0」はその意味かと。

ですが、ほんのわずかの間止まったベルトコンベアは無情にもすぐに再び動き出します。巨大システムの前では、人間一人の力はあまりにも無力でした。

物流倉庫のダンボールが運ばれる無駄のない機械的な動きは、無機質で不気味な感じさえ覚えます。これを毎日毎日見ていたら、それだけで心が病んでいきそうです。

山崎のメッセージは見つけた人は数々あれど、消されることなくそこに在り続けます。誰もが山崎と同じ想いを抱えながらも、行動に移すことはできない…。

エレナは一人ではなく、システムに組み込まれた″仲間たち″と繋がって状況を変えようと試みました。自分の会社に負担をかけてでも、たった20円の配送単価の値上げを勝ち取ったことは小さな一歩になったと信じたいものです。

「あなたにプレゼントがある。爆弾はまだ残っている」と「デイリーファスト社」を解雇されたエレナはサラにこう告げました。

その”爆弾”こそ、山崎がロッカーに残した「2.7m/s →0」のメッセージだという気がしました。いつかまた誰かが山崎のように動き、それに追随する人間たちが出てくるかもしれない…。

荷物に″爆弾″を直接仕掛けるようなことはなくても、会社にとって″爆弾″のような大きなダメージを与える何かが現れるかもしれない…。

そんなエレナの言葉だと私なりに捉えてみました。

渋谷のスクランブル交差点が映し出され、「What do you want?」という「デイリーファスト社」のサイトのキャッチコピーが連呼されるシーンはゾクッとしました。人々の「WANT」の感情は、これからもきっと尽きることはないんでしょう。

最後に、エレナから孔へ次のセンター長はあなただと渡されたカギ。

ロッカーの「2.7m/s →0」のメッセージを見ながら脅える孔。自分もいつか山崎のような運命をたどってしまうかもしれないという恐怖からだったのでしょうか…。

この映画を、14回も観た人がいるというのをネットニュースで見ました。確かに一度観ただけでは明確に分からなかった部分が、何度か観るとまた違ったように浮かび上がってくるかもしれませんね。私自身も、もう一度観たいと思っています。

『アンナチュラル』『MIU404』を生み出した、「塚原あゆ子×野木亜紀子×新井順子」の最強チームの快進撃はまだまだ続くと確信できた映画『ラストマイル』。エンタメながらも、心に強烈な"痛み"を残してくれた凄い作品でした。

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