しばらくその余韻を引きずりそうな映画『護られなかった者たちへ』
先日の『報道特集』。「生活保護受給者」で郊外のアパートを満室にして、それを投資物件として転売する新手のビジネスについて取り上げられていました。
仕事を失ってしまった困窮者たちにとって、衣食住の"住"を確保できることはありがたいことでしょう。ですが家賃を「生活保護」の上限額ギリギリまで引き上げて支払わされる上に、免許証やマイナンバーカードまで取り上げられてしまうというやり口。
取材した記者が「困窮者の自立を阻害してしまうという構造が一番問題」と言っていましたが、確かに仕事を新たに見つけて生き直す気持ちが萎えてしまうようなこのやり方は、人間の尊厳さえ奪いかねない危うさを秘めていると感じました。
この番組を観てから、録画してしばらくそのままにしておいた映画『護られなかった者たちへ』を観たい衝動に駆られ、この週末ようやく観てみました。
※ネタバレが含まれるのでご了承ください。
東日本大震災から9年後の仙台で、全身を縛られたまま放置され"餓死"させられるという連続殺人事件が発生。被害者はいずれも、保険福祉センター、福祉保健事務所の実務担当者で誰もが慕う人格者。ここから「2011年」「2020年」その間のどこかの時期と"時間軸"を行き来しながら話が展開していきます。
震災直後の避難所で佐藤健演じる利根泰久、倍賞美津子演じる遠島けい、清原果耶演じる円山幹子、通称カンちゃんの三人は″疑似家族″のように肩寄せ合って生きていた時があり、その絆は深いものがありました。
震災で家族を失い生活困窮者になった方々は大勢いたわけで、この映画のキーワード「生活保護」受給を求める人たちもたくさんいたことでしょう。
その一方でケースワーカーになったカンちゃんが「不正受給」に該当する人たちに果敢に立ち向かうシーンがありましたが、この問題は非常にデリケートで複雑に絡み合った矛盾をはらんでいると感じざるを得ません。
恐らく震災の数年後、電気もガスも止められたけいさんは二人に勧められて「生活保護」の申請を出す決心をしました。その後なぜか「辞退届け」を出し、最終的にけいさんは"餓死"してしまうことになります。このことが引き金で、この事件の真犯人は悲しい連続殺人事件を起こすことになるわけです。
行政の理不尽でけいさんは「生活保護」受給ができなくなったと思わされたシーンがありました。第一の被害者永山瑛太演じる三雲が言った、
あまりに冷たいこの言葉に一瞬凍りつきました。でも、万人にとって優しい行政があり得ないのもやむを得ない現実であって、″一人で生きる″ということの難しさを考えさせられた言葉でもありました。
実はけいさんが「生活保護」の辞退届けを出した理由は、昔自分が捨てた実の娘に「扶養照会」を出されたくなかったからと後に判明しました。 娘は自分の存在を知らないし、娘の生活を壊したくない。実の母親がお金がなくて困っていることを知られたくないという理由からでした。
「理不尽に対する怒り」が引き起こした事件でしたが、すべて行政が悪かったわけでもなく、この事実をもし真犯人が知っていたらこの悲劇は起きなかったかもしれません。
最後にもう一人今は国会議員となった吉岡秀隆演じる上崎に犯人の手が伸びた時、衝撃の真実が明かされます。
利根が犯人というのは実はミスリードで、真犯人はカンちゃんでした。
上崎に刃を向けながらカンちゃんが言った言葉を聞きながら、改めて震災がどれだけ人の心に深い傷を残したのかを痛感させられました。母を失ったカンちゃんにとって、けいさんの存在がどれだけ大きかったのかも。
カンちゃんが最後にメールで残した言葉で救われる人たちもいるとは思います。ですが、そのためには国も行政も変革していかなければならない面がたくさんあります。簡単な話ではないでしょう。それでも、すべての人々が幸福な気持ちで生きていける世の中に少しでも近づいてほしいと、願わずにはいられません。
阿部寛演じるこの事件を追う刑事・笘篠も震災で家族を失った一人でした。息子がまだ見つかっていなかった笘篠に、利根が護れなかった少年の話をします。水が怖くて助けられなかった…。その少年こそ笘篠の息子であり、笘篠が利根に言った「ありがとう。助けようとしてくれて、声に出してくれて、ありがとう」
一人寂しく海に散った息子の最期を見届けてくれたことへの「ありがとう」だと私は捉えましたが、もう少し違う意味もあるのかもしれません。ずっと重い内容だったこの映画の最後に、笘篠が見せた少しの笑顔が救いになっていると感じました。
観た人たちと感想を話し合ってみたくなる映画『護られなかった者たちへ』。重たいテーマであることは分かっていましたが、心にズシリと色んな想いが残りすぎてしばらくその余韻を引きずりそうです。
東日本大震災を風化させてはいけないという想いも今強く感じています。
長い文章最後まで読んでくださり、ありがとうございました。