![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/163364079/rectangle_large_type_2_64c1627a68a250c691d3ebeffd0eeea3.png?width=1200)
[書評]ものづくり興亡記 著:日本経済新聞社
概要
本書は日本の経済成長を担ってきたものづくり産業において、「失われた30年」つまりは敗戦時代を生きた企業の挑戦の歴史を振り返る。
取り扱っている企業はいずれも大企業であり、
今治造船、三菱重工業、日本製鉄、シャープ、日立金属、本田技術研究所
と名だたる面々が連なる。
本書の特徴として、会社だけでなく拠点ごとの取材も豊富である点が挙げられる。
たとえば三菱重工業の中でも愛知県にある「名航」と呼ばれる開発現場に焦点を当て、悲願の国産旅客機MRJの開発計画がなぜ失敗したのかが取り上げられている。元三菱重工で現SkyDriveのCTOである岸信夫さんや国土交通省でMRJの認証チームを率いた川上光男さんなど、組織だけでなくそこで尽力された個人の動きについても詳細な話が登場するため、実際の開発の内部事情が理解しやすい。
敗戦の原因
本書の6つの企業における、特に失敗例を踏まえた共通点としては過信と驕りがあると感じる。
もちろんこの30年の時代の流れを振り返ると
バブル崩壊(1993年)→リーマンショック(2008年)→東日本大震災(2011年)→コロナパンデミック(2020年)
が発生しているため、外部要因による経済低下も十分に考慮するべきだが、事業投資への保守的文化、マネジメントが機能していないことによる責任転嫁、そして高度経済成長を成し遂げてきた自負と表裏一体にある過信と驕りに日本が停滞している原因があったのではないだろうか。
ここで本書で取り上げられている企業を2つ紹介する。
今治造船の下剋上
名前は聞いたことあるが、中々実態が知られていない今治造船について、本書では逆風の中での挑戦が記録されている。
![](https://assets.st-note.com/img/1732755254-lwMtXbNTxKS053BriOJsnmvp.jpg?width=1200)
今治造船は船を建造する「造船会社」であり、1901年の創業当時は木造船を造る船大工集団にすぎなかった。他の製造業と同様、高度経済成長期において発展するが、2度のオイルショックやプラザ合意による円高によって幾多の荒波にもまれつづけた。そんな危機にあっても今治造船は「共存」を是とする経営手法によってここまで成長してきた。
例えば
・国内の鉄鋼メーカーに1%でもいいから値引きしてもらう代わりに、緊急時には優先的に資材を発注する
・傘下に入れた造船会社の人員削減はしないが、似た機能を持つドッグを互いに競争させ緊張感を持たせる
・時には海運会社から船を買い取り、船主となることで好不況の変動が激しい海運市況を共に乗り越える
このように調達先の鋼材メーカー、傘下に入った同業他社、顧客の船主との信頼関係を強固にしていき、ALL JAPANとして修羅場を超えてきた。
それでも1970年代までは世界シェア50%を誇っていた日本の造船能力も、大型ドッグを有する中韓の造船会社による価格競争により世界シェアは約20%まで落ちてきている。特に付加価値の高い液化天然ガス(LNG)船での日本勢の受注は2016年以降0であり、蓄積されるノウハウ・経験に差が開いていってる状況だ。
そんな状況にもかかわらず、官民の業界関係者たちが集まる場で造船業界全体のトップである人物が以下のような発言を残している。
日本造船工業会のトップだったIHI相談役の斎藤保が「日本はいい船を造る。中韓には負けていない」と述べたことだった。
ここにも技術さえよければ売れるだろうという日本企業特有の驕りが見える
そんな危機感をよそに今治造船は対世界での生き残りを賭け、
・2013年には三菱重工業と今治造船の両社によるLNG運搬船の設計及び販売を手掛ける合弁会社(MI LNGカンパニー)を設立
・2020年には国内造船首位の今治造船と2位のジャパンマリンユナイテッド(JMU)が資本業務提携
を行うことで、合計国内シェア50%、世界では12%の企業へと姿を変えた。
また逆風ばかり吹いているわけでもない。
2022年2月にロシアがウクライナに侵攻し、欧州では陸路でのLNG調達が困難となり、海路の需要が増加したこと。それを踏まえ、今治造船は今年2024年には三菱重工と提携し、カーボンニュートラルの実現に向けたLNG燃料タンクを提供している。そしてLNGでは中韓勢に後手に回っているが、次世代のアンモニアを燃料とする運搬船の採用を商船三井や日本郵船が計画しているため、半導体製造装置のような先端技術で対世界に対してリードし続ければ、日本の造船業界にも勝機が残されているかもしれない、、
シャープの栄光と没落
家電メーカーとして名をはせていたシャープが2024年5月14日、テレビ向け液晶パネルの生産から撤退し、連結最終損益も1499億の赤字を出した。
遡ると、シャープは1960年代の「電卓戦争」で勝利し、1973年には世界初の液晶表示電卓を発売するなど、同じ大阪に本拠を置く松下電器産業(現パナソニック)へと迫る勢いのある会社だった。
実際、2000年代のテレビの覇権をかけた争いでも
「液晶のシャープvsプラズマの松下電器産業」と題された対決は液晶テレビを販売するシャープの方が優勢であったほどだ。しかし、過熱する液晶テレビの競争での成功体験がシャープの方向性を変えていった、、
シャープの社内には、形容しがたいユーフォリア(陶酔)が漂っていた。無理もあるまい。自分たちを常に格下と見下してきたソニーや松下電器の花を明かしてやったのだ。
液晶で勝利を納めてきたシャープは2004年の亀山第一工場の稼働からわずか2年で亀山第二工場を完成させ、その1年後には堺工場を立ち上げた。しかし、松下電器やソニーのような海外市場でのブランドがなかったため、供給過剰に陥る。さらに生産設備拡大を優先してきたことにより、当時、多くの液晶テレビに搭載されたLEDバックライト向けのパネルを設計・開発する技術がシャープにはなく、製造する不良品も増え、信頼を失っていく。
また液晶パネルの用途としてテレビの次にスマホ市場を狙うが、好調だったはずの中国のスマホ市場に陰りが見え、ライバルである外国企業に価格競争も仕掛けられることで、業績が急速に悪化していく。
そしてブラックボックス化していた保有技術でさえ、技術者の待遇がより良い外国企業(サムスン等)に引き抜かれ、中国・韓国企業に追い抜かれていった。
感想
来年から私も研究開発職としてものづくりに携わっていくものとして、各企業の歴史を垣間見ることが出来た点は面白かった。また就職活動のインターンシップでお世話になった企業も登場し、より感情移入して読むことが出来た。
日本のものづくりの基幹産業といえば自動車産業が思い浮かぶが、日産自動車が業績悪化のために社員9000人の人員削減にあたることを先日発表したことは皆さんの耳にも新しいだろう。
また米国テスラや中国BYDを始めとするEV化の流れも見逃せない。充電場所や航続距離の観点から現在EVは下火であるが、全世界的な脱炭素の潮流は止まることはなく、少なくとも自動運転の需要は高まることが予想される。そのため、ハードの分野で強いトヨタやホンダも世界的なソフトの分野でテスラやBYDと勝負していかなければならないだろう。
このように世界情勢が急激に変化していく中、日本企業が生き残っていけるかは次の5年、10年に懸かっていると思う。特に日本人特有の勤勉さや協調性を土台とする技術力をより活かす戦略、つまりは経営層の判断がますます重要になってくるだろう。私も来年からモノづくり産業に携わる一人として、混沌とした世界で戦ってきた先輩方から吸収できるものは全て学び、目の前の仕事が出口部分でどのように世の中に影響を与えているかを意識することで、全体最適の目を養っていきたい。