見出し画像

綿帽子 第四十八話

その日はやってきた。

お袋と二人足取りは重く、神妙な気分でタクシーに乗りこんだ。

車内では二人とも何の会話もなく、お互い笑顔を見せるわけでもない。 

俺はただひたすらに「ミスをしないように」と心の中で繰り返し呟いていた。

家を売るなんて初めての経験だし、緊張しないはずもない。

だが、それ以上に全身の痛みが激しくて、冷静に対処する自信がない。

目的地に着いた。

初めて来る場所だ。

近くに見慣れた車が止まっている。
ドアが開いて、中から元請けの担当者が出てきた。

案内されて事務所の中に入る。

見学に来てくれた夫婦が椅子に腰掛けている。

軽く会釈をしてから席に着く。

中央に担当者が陣取って話を進めて行く。
書類に目を通しながら、こちらが出した条件とマッチしているかチェックする。

大体希望通りになってはいるが、気になる点もある。

『エアコンだ』

「エアコン5台が備え付けとされている!!」

これは一体?こんな条件こちらは提示していない。

しっかりと担当者には全部取り外して行くと伝えたはずなのに、こんな大事な場面でミスが見つかるのか。

見学の日に気になっていたことが、こんな時に浮き彫りにされるとは。

心配が現実になってしまった。

担当者は「話が纏まりそうなので」と契約書にサインを促した。

遮るようにして、俺はエアコンについての疑問を投げかけた。

「〇〇さん、私がお願いした条件とは異なりますが、これは一体?」

「え?」

担当者も見学者夫婦も、その場にいた全員の動きが止まる。

「5台のエアコン付きとなっていますが、私はこんな条件出してはいません。全部取り外して行くと伝えましたが、これはどうなっているんですか?」

「え?それは一体」

「あの、5台もエアコンつけたまま普通置いていきますか?そもそも条件に加えてないですが、何故こうなっているのか理由を知りたいです」

「いや、その」

「私としても〇〇さんは良い方だと思いますので、家をお譲りしたいと思うのですが、こちらが提示した条件ではないものが含まれていては、流石に即答ができないです」

「これは一体どうなってますか?」

ここから先は

2,655字
無料記事に有料記事8本を含めた『綿帽子』第一部を纏めたマガジンです。

『綿帽子』

1,500円

綿帽子というタイトルで書き綴っているエッセイです。 「親子とは何か?自分とは何か?」 永遠に答えが出なさそうで、案外知っていたりする事実を…

期間限定!Amazon Payで支払うと抽選で
Amazonギフトカード5,000円分が当たる

私の記事をここまでご覧くださりありがとう御座います。いただいたサポートはクリエイター活動の源として有意義に使わさせていただきます。大感謝です!!