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綿帽子 第六十四話

朝が来た。

荷物を全て運び出したら、俺とお袋は隣駅近くにあるホテルで一晩を過ごす。

午前中にペットタクシーがロビンを迎えに来たら、それに合わせて叔母さんが一足先に家を出る。
もう一匹を連れて新居でロビンと荷物の受け取りをする予定になっている。

引っ越し屋が来てから荷物の運び出しの指示をするのは俺だ。

必要な物、不必要な物全てダンボール箱の上にマジックペンで書き込んであるから大丈夫だとは思うが、受け取るのが叔母さんというところがもう不安でしかない。

ちゃんと必要、不必要な物を確認してからサインをできるのだろうか?
そこでサインを済ませてしまえば、後からはもう何も言うことができないのだ。

朝食を済ませて早々にペットタクシーが来た。
ロビンはもう高齢ではあるので、業者の人に抱えられても特に吠える様子もない。
飛行機の中でストレスを抱えないように祈るだけだ。

ロビンを見送って叔母も家を出た。
スーツケース等は先に送ってあるので現地で受け取ることができる。
小脇にもう一匹を抱えてタクシーに乗って駅に向かった。

どちらかというとこちらの方が元気なので、電車の中で吠えたりしないか心配だ。
しかし任せた以上は割り切って引っ越しを進めるしかない。

叔母が出て行ってからしばらくして引っ越し屋がやって来た。

軽く挨拶を済ませると、どんどんと荷物を運び出して行く。
最初のうちは少人数なので良かったのだが、途中から合流してきたトラックがある。

あれ?話が違うんじゃないか?と思ったが、今となってはどうしようもない。
一気に人が増えてこちらの指示通りに荷物が運び込まれているのか確認が困難になってきた。

途中でこれはまずいなと思ったが、深く追及しなかったことが後々大誤算となった。
これだけ大金を払っているのだから、仮に間違えがあっても保証が付く。

そう安心しきっていたのだ。

どんどんと人がなだれ込む、聞いていた人数よりかなり多い。
搬出の際に指示を出しているのだから間違えるはずがないのだが、大型ゴミを運ぶ車まで一緒に来ているので不安が拭えない。

あっという間に荷物が全て積み込まれた。

一応確認の為に外に出て車の中を覗き込むが、それぐらいではもうどこに何があるかさえ分からなくなっている。

諦めて、家の中に戻るとリーダーらしき人がサインを求めて来た。

「これで完了ですがよろしいですか?」

よろしいも何も確認のしようがない。

「はい、大丈夫です」

ありきたりな返事をする。

サインを済ますと、リーダーは軽く一礼をしてからあっという間にトラックで走り去っていった。

ようやくこれで落ち着ける。
安堵すると同時に一気に疲れが押し寄せる。

家の中には、まだ手伝いに来てくれているご近所さんと友人のお母さんがいる。

対応をお袋に任せて俺は外に出た。

しばらく家の外観を眺める。

あまり長い間住んだ家ではないが、少なくとも中学の三年間はこの家にいた。
病気になって戻って来てからもお世話になった家だ。
何とも表現し難いのだが、ようやく離れられるという思いと切なくて悲しいような思いが複雑に絡み合って感慨深い。

「携帯で写真を撮って残しておこう」

そう思った。

親父とお袋の作った家だ。
せめてカッコよく写してあげたい。
色々とアングルを模索しながら試しているが、なかなか満足する物が撮れない。

そうこうしているうちに、自宅の向かい側に住んでいる人から声を掛けられた。

大して仲が良いわけではない。

「写真撮っているんですか」

「ええ、こんにちは」

「これが最後ですもんね」

「はい」

この人なりに気を利かせているつもりなのだろう、次から次へと話しかけてくる。
段々集中して撮れなくなってきた。
良い写真を撮るどころではない。
仕方がないので移動して撮ろうと思っても、移動した方に更について来る。

嫌気がさした。

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