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綿帽子 第六十話

「昨日はご馳走様」

「おお」

俺は昨夜のお礼を伝えると、今日運び込む予定になっている荷物の話を切り出した。

「じゃあ、今から運び込むから部屋にスペースを作ってくれないか」

「うん?納屋じゃダメなのか、向こうの方が広いぞ」

「いや、この前も伝えたけど湿気とかで歪んでしまうから、悪いけどここに置かせて欲しいんだ」

「そうか、分かった。この辺でいいのか」

「おお、そこで良いよ、じゃあ運んで来るからここから上にあげてくれ」

俺は急いで家に帰ると、納屋から一輪車を引っ張り出した。
ガレージの中央に一輪車を置いて、離れから運び出してあったレコードの入ったダンボール箱を2個一輪車に乗せた。

試しに持ち上げてみる。
思ったより軽い。
それならともう一つダンボール箱を乗せてみた。

行けるいける、これなら行ける。
行けると踏んだ俺は、そのまま予め開けてあったアコーディオン門扉の隙間から外に出た。

軽快に一輪車は進む。
結構両手に重みを感じるけどやってやれないことはない。

ただし、バランスを取って進むのが難しいな。
一輪車なので体幹が強い人じゃなければ後々体に堪えそうだ。

腕は思ったより痛くはないが、手の位置がかなり下に来るので腰を痛めるかもしれないな。

最初のうちはそんなことを考える余裕があった。

しかし、50メートル程進んだ辺りで考えが変わる。
やはりダンボール箱3個と言っても10kg以上にはなる。
いや、もっとかな?

それだけならまだ良かったのだが、如何せん。
とにかくバランスが悪い。
なるべく中央にまとめたつもりだが、やはり少しは中央からはズレている。

そうすると、偏った側に余分に力を入れて修正しながら前に進まなければ、一輪車が傾いてしまいそうになる。

これが見た目以上にキツい。

仕方がない、これ以外に方法が見つからないんだから。
そう自分に言い聞かせて前に進む。

彼の家が見えて来た。

家の敷地に入る所から玄関先まで砂利道になっている。
コレがまたキツい。
ゴロゴロとした不揃いの石が敷き詰められているので余計にバランスを崩しそうになる。

何とか一輪車を玄関先に横付けした。

彼が中から出て来てくれてダンボール箱を運んでくれる。

「じゃあまた行ってくるわ」

再び一輪車を持ち上げて家まで戻る。

ガレージに着いてから3個ほど乗せる。
また、運ぶ。
彼が出てくる。
荷物を家の中まで運ぶ。
俺はまた引き返す。

それを三度ほど繰り返しただろうか?
彼が気怠そうな顔をしながら聞いてきた。

「一体、あとどれぐらいあるんだ?」

「あと15個くらいかな」

「ああ?そんなあるのか?お前このペースでやってたら日が暮れるぞ」

「分かってるけど、思ってたより体に堪えるんだよ」

「仕方ないな、手伝ってやるよ」

「いや、お前それは悪いわ。結構体に堪えるぞ」

「大丈夫だ、普段バイク乗ってるし仕事場でもかなり重い物運んでるからな。これくらい何ともない」

「いや」

「それにお前そんなんじゃ無理だろ」

「え」

どうやら彼なりの気遣いのようだった。

体力のない俺を気遣ったのか気遣っていないのか、ハッキリと言葉に出して言うことはないが、ともかく俺は嬉しかった。

実際に体にかなり負担がかかっていたのか、思った以上に体が疲弊している。
腰も思うように立たなくなってはきていた。

それを見計らったかのようなタイミングでの彼の申し入れに、俺は本当に感謝した。

「じゃ、行くか」

空の一輪車を押しながら彼と共に自宅へと向かう。

「5個ぐらい乗せないと終わらないぞ」

「いや、お前いくら何でも5個は無理あるだろう」

「大丈夫だ」

彼はあっさりと一輪車に5個の段ボール箱を乗せると、そのまま一気に立ち上がった。

「じゃ行くわ」

「お、おお、いや、待てよ俺も行くから辛くなったら交代な」

「おお」

二人一緒に並んで歩く。

いや〜それにしても酒の飲み過ぎか腹が見事に出ているな。
お前いくら何でもそれは普段カッコつけてる割には無理あるだろ。
そんな姿女子に見せるのは、お前何とかしなきゃ。
お前スカル身に付けていてもそれじゃスカルが体に埋もれて全くアクセントにならないぞ。

真横で歩きながらこんなことを考えていた。

「大丈夫か?」

「おお、全然大丈夫だ」

そうなのか、全然大丈夫には見えないぞ。
息遣いが何だか荒くないか?

そうは言っても、フーフーと息を荒くしながらダンボール箱を運んでくれようとしている彼の気遣いに、俺は何も口に出すことはできない。

彼の家に着く。
荷物を下ろす。
玄関の中に運び込む。
その間に彼はまた出て行く。
後を追う。

また5個ほどダンボール箱を乗せて一輪車で出て行く。
俺はその間に家の中に残っているダンボール箱を全て外に運び出す。
しばらくして彼がまた戻って来る。
その繰り返しで、もう3往復はしている。

「お前疲れたろ?今度は俺が行くからしばらく休憩してろよ」

「おお」

そう言うと彼はジーンズのポケットの中からタバコを取り出し火を付けた。

「ちょっと一服させてくれ」

「ありがとう、じゃ俺ちょっと言って来るわ」

ダンボール箱を3個乗せてガレージを出る。

「うわ、これはやっぱり体に堪えるな」

全身に一気に疲れがくる。
若い時に肉体労働のバイトを経験しているが、その時と今ではやはり体力自体が根本で違う。

寝たら回復するというレベルの疲れ方ではないのだ。

「どうやったら回復できるのか?」

その答えの方が俺は知りたかったりする。
おまけに外は真夏並みの暑さだ。余計に体力は奪われてゆく。

俺は何とか彼の家に辿り着き、荷物を下ろすと空を見上げた。

「一体俺は何をやってるんだろう」

また、いつもの癖で空に向かってそんなことを口走った。
それから空の一輪車を押して家に戻ると、一服を終えた彼が待ち遠しいような顔をしている。

「お前、早くやらないとこの暑さ。やってられんぞ」

「そうだよな、俺も全身隈なく疲れてるわ」

「早く終わらしてビール飲も」

「おお、それぐらい奢るわ。悪いな手伝わせて」

「おお」

そう言うと彼はまた5個段ボール箱を乗せて一輪車を押して行く。
俺も一緒に付いて行き、荷物を玄関の中へと運ぶ。

結局彼はなんだかんだ言いながら、一人で5往復もしてくれた。
溜まったダンボール箱を全て彼の作業場に運ぶと、一緒に自宅へと戻った。

「有難う、助かったわ。今からコンビニに買いに行って来るからお前家で待っててくれよ。中に入ってていいから」

「おお、そうするわ」

俺はガレージに置いてある自転車に跨ると、勢いをつけて自転車を走らせた。
コンビニへの道のりを急ぐ。
出だしの勢いだけは良かったのだが、自転車を漕ぐ脚が異常に重い。
思った以上に自転車は進んでくれはしない。
本当に勢いだけだったようだ。

それでも何とかコンビニに辿り着くと、邪魔にならないように端の方に自転車を停めた。

中に入る。

買い物カゴを取り、適当に酒のつまみになるようなものを放り込んで行く。
缶ビールも5本ほどカゴに入れる。
おそらくこれでは足りないだろう。
そこで、焼酎を一本買うことにした。

「黒霧島でいいかな?」

飲んだことはないのだが、とにかくその名前に惹かれた。
きっと美味しいに違いない。
本当なら俺も飲みたいのだが、酒を飲むことは禁止されているので仕方がない、諦めるしかないのだ。

俺は黒霧島をカゴに入れ、氷を2袋ほど手に取るとそのままレジへと向かった。

レジには顔馴染みの店員さんがいた。
彼女はついこの間まで高校生だったのだが、今は専門学校に通っているらしい。

髪型が変わっていたので、髪切ったの?似合ってるねと声を掛けた。

「そうです?似合ってます?」

と言いながら、ちょっと恥ずかしそうに髪を触る仕草が何とも言えない。

おっさんながらドキッとしてしまった。
そうなのだ、この頃の俺はまだ口だけは達者だったのだ。

実際この店員さんは可愛いので、おっさんながら顔を合わす度に何だかなと思っていた。
誕生日が早いので19歳になったらしいが、19歳の女子にときめく50歳のおっさんは自分でも哀れになってくる。

せいぜいセクハラと思われない程度に愛想を振りまいて帰宅するのだ。

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