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あの街の本屋さんに、はじめて書いた本がならんだ日


2023.11.29 水
 新宿行きの電車にのる。東京行きの電車は読書時間と決めている。買ったばかりのzineたちを読もうとたのしみに持ってきた。ところが隣のおばあさんふたり組がずっと喋っていて集中できないのであきらめ、おばあさんたちの話を聴くことにする。

 ひとりは白髪で、真っ赤な口紅をひき、派手な指輪をつけたおしゃれなかっこうの自信にあふれていそうなおばあさん。もうひとりは対照的に、だいぶ年季の入った、スーパーの二階で安売りしているようなジャンパーを着込んだ地味なおばあさん。おしゃれの人がかなり押しつけがましい喋りかたをして、もうひとりの話をなんどもぶった斬りじぶんの話にきりかえてしまう。地味なおばあさんが習いごとの絵の話をすると、まあそんなのはどうでもいいんだけどね、とハリのある声で、あでやかに一蹴したりする。

 ぜんぜん噛み合ってないのに、会話はえんえんつづいていく。強羅のミッシェルさまがどこどこの校長をしているとか、パリの叔母がカメルーンのシスターのために印税をつかって井戸を掘った話など。ふたりは代々木上原で降りていった。新国立美術館へいくらしい。

 北新宿のアートギャラリー「WHITEHOUSE」へできたばかりの本を置きにいく。企画者のちんじゃおに会うのはコロナ前以来。髪の毛の先がグリーンや水色になっていてとても似合っている。アポイントをとっていた吉祥寺の本屋、百年さんにも行ってみると、その場で置いてくださることに。その瞬間、今日が、じぶんの書いた本が、はじめて本屋さんにならんだ日になった。それも、学生時代に近くに住んでいて、なんどもなんども通った思い出の街の。
 
 うれしい。かぞえきれないほどあるいた道をいく足どりが、いつになくかろやかに、あのころいっぱいつけたみえない足跡にそっとかさなる。こんなことが十何年後にあるよと、あの頃のじぶんに耳打ちしてみたい。

 手みやげにえびと塩のおかきを買い、印刷製本をしてくれた松井印刷さんへ振り込みをし、差し入れに大久保のタイ料理屋さんでソルティバナナケーキというのを買い、WHITEHOUSEにもどる。たけちゃん、すずきさん、りさがきてくれる。本も買ってくれた。

 通勤ラッシュの地下鉄をへびみたいに縫ってあるき、二本乗り換えて、たけちゃんの家に移動。恒例の年末鍋会。たけちゃんがでかけるまえに、かぼちゃや大根、にんじんを出汁とちょっとの醤油だけで煮込んでくれたおかずを用意してくれていた。使い込まれた鍋のふたをあけると、やわらかい湯気がお待ちしていましたよと、ゆっくりとのぼってきて、あっというまにびっくりするくらいおいしい香りにつつまれる。ほく、とかじってみると、たけちゃんの手がつくった味がする。寄せ鍋のほかにも、スーパーで買ったオリーブ、エビの唐揚げ、いもけんぴ、みかん、うすしおポテトチップス、よもぎあんだんごを、一気にたべる。年がめぐるたびこの時間がやってきてくれることに、ほっとする。みんなに出会って、もうすぐ十年。

 ひさしぶりに夜ふかしして(いつもならお風呂に入っている時間、鎌倉につくのはとっくに寝てる時間)、きづいたら終電間近なので、たけちゃんの家をあとにする。数年後には還暦をむかえるたけちゃんが、帰りぎわに玄関とびらの前で、わたしが死ぬときはみんな看取ってよ〜といきなりあかるくいったので、えーいいけどまだ四十年はそんな日こないよ、っていうかそのときわたしたちだって七十五とかだよ、どっちがよぼよぼかわかんないよ、といって、わらった。マンションの外にでると空気がひやっとつめたくて、ちゃんと夜も冬もはじまっていて、あしたがくることがうれしかった。七十代のわたしたちと百歳のたけちゃんに、そこでまっていてね、できるだけゆっくりあるいていくので、と、こころのなかで声をかけた。





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Megumi Sekine 関根 愛
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