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島のひるね|佐渡日記2



2024.7.30(火)

六時半に目が覚めて、もういちど寝る。
ストレッチをして、きのうの惣菜、野菜ピクルス、もずく酢、大根煮をあける。
ミニトマトはそのまま、きゅうりは三年味噌につけてかじる。よく耕された土のような、つやのある、ふかふかの黒い味噌。
ピクルスはカリフラワー、玉ねぎ、キャベツ、らっきょう。みんな夏の夕暮れみたいにピンクに染まっている。

Yが撮影にでかけたあと、向かいの駐車場に、にぎやかな音楽を鳴らして移動販売がくる。
おじいちゃんおばあちゃん、元気のみなもとは、きょうもみんなのウェルシア。食料から日用品まで。足りないものはドライバーにお申し付けください。
窓からそっと見おろしていると、おばちゃんがふたり、そろそろと買い物にくる。あとは、だれもやってこない。
ドライバーのおじさんはせっせと店じまいして、十五分くらいでいなくなった。次の集落へまわるんだろう。加計呂麻で会った移動販売のおじさんも、一日で島じゅうまわるからいそがしいんだ、と言っていた。

Yが撮影しているアーティストの中村さんが家族と滞在する宿で、自炊の昼を出してくださった。
金沢から制作の助っ人でやってきたお父さんのつくった、茄子と胡瓜のつけもの、とれたての鯛をミニトマトとオリーブオイルで薄味にソテーしたもの。身がふっくらしていて、ごちそう。
宿の主人、北村さんは鼻のしたまでマスクをして、座布団をまくらに昼寝をしていた。

Yが何年も撮影している藤澤さんの家をたずねる。
漁が休みで、お父さんの健さんは昼からのんでいる。やっときたか、ときれいに日焼けた健さんが言った。
健さんのお母さん、たせこさんも、奥の部屋からでてきてくれた。眠っていたみたい。
錦糸町の酒屋でみつけた、おみやげのカリカリスナックを渡して、あさって撮影させてもらうお願いをする。
そのあとは宴会だよと、健さんがぐいっとおちょこを傾けるしぐさをして、言った。

宿へもどると、十五歳のおばあちゃん犬とおかみさんが、似たようなかっこうでそれぞれ立派な仏壇の前と、半面ガラス張りのとびらのむこうの部屋で昼寝をしていた。
犬はヨーロッパ絵画の裸婦みたいに、くねん、とからだを横たえ、すこし首をかしげて、仏壇のほうをむいてしおらしく眠っていた。
おかみさんはきれいに仰向けになって、いっさい思いわずらうことのないみたいに身をあずけていた。
部屋へもどると朝、ぐったりしおれていたホーリーバジルを水にさしておいたのが、森が生まれるみたいにぐんぐん元気になっていた。



目の前に、日常からすこしはぐれて、どのようにしてもいい時間だけがある。
やることの少しは、いや挙げだせば、けっこうはあるけれど、それをやってもやらなくてもいい。
傍らに、充分なバジル水と読むべき本と、ノートとペンがある。それだけがある。
みんな昼寝をしている午後、ひとりしずかに起き、呼吸をしている。陸の上が、あかるい海の底みたいに思う。

夏の太陽が高い時間、島の人もどうぶつも昼寝をする。活動のいっさいを、いちどすっぱりやめて無我の自然にかえる、いとま。
謙虚さと潔さは、こんなふうに一緒のものなんだと思う。人もみな、昼寝をしたらもうすこし世界はまるくなるのになあ。
四時過ぎ、ぴかーと晴れる。
潮の匂いがやわらいで、こんどはつよい西日が畳をじんわり焼く。一階で、起きだしたおかみさんのお経がはじまった。

18時に夕食。
奥の壁におおきな垂れ幕で、干し柿と新米と二枚、書かれたのが掲げてある広間。
メニューは豆腐、かぼちゃ、こんにゃくなどを煮たもの。さざえの出汁で、もずくと大根の味噌汁。辛子きゅうり。おおきな海老を割いて、玉ねぎとあさりを入れて蒸したもの。
刺身にそうめんみたいないか、さざえ、蛸、いなだかわらさに似たもの。




お腹いっぱいで北鵜島のむかし神社のあった、つきでた岩のあたりで泳ぐ。溜め池みたいな、天然のプール。ちいさいけれど、真ん中からむこうはもう足がつかない。
塩水が傷にしみる。首とひじ、ひざ、顔のいくつかのところ。ここもあそこもまだ傷なんだと思いだす。
七時をすぎて、一切をあきらめたみたいに空はどんどん暗くなった。
大小の岩に、ひな鳥の毛みたいにふさふさ草が生えている。葉っぱを踏みしめながら、ゆっくり岩を降りていく。とおく海に、漁火がふたつ、海の生き物の目みたいにこうこうと光っている。





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