見出し画像

大規模オンデマンド授業の学習効果とコピペレポートへの積極的対応:本條晴一郎先生(静岡大学)

静岡大学の本條先生が大規模オンデマンド授業で直面したのが、レポートの剽窃(コピペ)です。コピペレポートの問題はむしろ「模倣能力の低さ」にあるという斬新な観点に基づいて、「受講生の模倣能力を高めることで、表面的で拙劣な模倣である剽窃に陥らないようにする」ことを提案しています。

キャンパスをまたがる大規模オンデマンド授業

 このnoteでは、静岡大学での「マーケティング論」における取り組みを通して、オンラインでの大規模講義の実践を共有したいと思います。以前、小規模講義での取り組みについて共有したので、より立体的に理解した方は合わせてご参照下さい(「電子教科書を活用したオンライン授業の展開:実践例③ 小規模講義の場合」)。
 「マーケティング論」では、デジタル・マーケティングの授業を行っており、教科書として『1からのデジタル・マーケティング』を用いています。理系の修士課程向けの授業で、必修ではありません。受講生は100〜130名程度です。新型コロナウィルスの感染が広がった2020年度に教室からオンデマンドでの開講に切り替わりました。静岡大学には静岡と浜松の2つのキャンパスがあり、対面時は浜松で開講していました。受講生の大半は浜松キャンパスの工学専攻と情報学専攻の学生ですが、オンデマンドになってからは静岡キャンパスに所属する学生も受講するようになり、受講生の1割程度を占めるようになりました。私が主担当とする夜学の社会人大学院生が受講しやすくなると予想していたのですが、時間よりも空間を超える効果が大きく、キャンパスをまたがった受講生が最も多い授業となっているようです。感染が終息した後もオンデマンドで行う方針となっています。

授業の方法

 受講生はマーケティングの初学者で、学部・大学院を通じて唯一の経営学系の授業としてこの授業を履修しています。小規模講義では高次能力学習型の授業を行うことを意図していますが、初学者向けの大規模講義ということもあり、受講生全員が一定の水準に達することを目指す完全習得学習型の授業を行うことを意図しています。そのため、受講生の復習と教員のフォローアップを重視しています。
 授業は以下の流れで行われています。まず、受講生は教科書の内容の説明動画を視聴します。静岡大学ではLMS(Learning Management System;学習管理システム)としてLiveCampusを用いており、Microsoft Streamにアップした動画をその中で視聴することができます。
 説明動画は、PowerPointのスライドに音声を吹き込んだ上で動画として出力したものを用いています。オンデマンド授業の初年度は、学生に対して音声付きスライドの視聴を求めていたのですが、スライドのまま共有するのは不評だったので、動画に出力することにしました。スライドは音声を含めて毎年使い回しており、変更が必要な場合は、動画の書き出し前に当該スライドのみアップデートしています。年々、私の発声が良くなっていることから、声質と声量にばらつきが出ているのが難点です。説明動画は事例と理論の2つに分かれており、それぞれ15分程度です。
 受講生は、動画を視聴した上で、教科書の各章末にある「考えてみよう」への回答(必須回答)と、授業に対する感想や疑問点(任意回答)をそれぞれ800字以内で書き、動画公開2日後までにLMSを通じて提出します。理解度の確認が目的なので、完成度は問わず10分程度で書くことになっています。同時に事例および重要キーワード2つの3項目についての理解度を「とても理解できた」から「まったく理解できていない」の6段階尺度で自己申告します。自己申告の点数は成績評価に影響せず、各学生の理解の度合いと、その回の授業の成功度合いを調べるために用いられます。受講生にとってはLMS内で完結することが必須で、教員にとっては理解度の確認が必須です。この両面から、現時点ではデジタル教科書の利用は考えていません。
 教員は、コミュニケーションシートの内容を確認し、重要な感想に対するコメントと、全ての疑問への回答を収めたフォローアップ動画を収録します。全員分のコミュニケーションシートを画面表示しながら収録する動画では、毎回10〜15名の学生のコメント・疑問を取り上げることになり、この30〜40分の動画のプロット作成と収録に授業の労力の多くを使っています。教科書の各章の間の関係や、マーケティングにとどまらない理論的・実践的話題も取り上げています。フォローアップ動画は、次章の説明動画と同時に公開されます。つまり、受講生は、前回の授業トピックに関するフォローアップ動画1本と、今回の授業トピックに関する説明動画2本を視聴し、コミュニケーションシートを提出することになります。授業動画はダウンロードできませんが、学期を通じて公開されており、何度も見直すことができます。

フォローアップ動画

 受講生は、学期の最後に「既に世に出ている製品、サービスを1つ取り上げ、どのようなマーケティングが行われているかを授業内容を踏まえて解説し、考察する」レポートを提出します。「誰に」「何を」「どのように」提供しているかの全てと、4P(「製品」「価格」「広告」「チャネル」)の全てを書いた上で、マーケティングとして優れた点、批判するべき点について考察することが課題となっており、完全習得学習の成否が問われます。
 毎回の説明動画の視聴回数は150回程度と、受講生がのべ1回以上見ていることになりますが、フォローアップ動画の視聴は50回程度にとどまっています。各学生が動画を視聴したか否かの紐づけはできないのですが、感想や疑問を多く書き、フォローアップ動画で取り上げられる回数が多い学生は、レポートでも高得点を取っています。フォローアップ動画の視聴が、全体像の理解に重要性であることについて、学期の早い時期に繰り返し説明する必要があると感じています。

コピペレポートと模倣能力

 授業形式が対面からオンデマンドになったことで、学生の学習成果は上がっています。毎年同じレポート課題で、同じ採点基準で評価をしていますが、対面時は80点台の学生より小さかった90点以上の学生の割合が、オンデマンドになって逆転しました。対面時に口頭のみだったフォローアップが画面表示ありで視聴覚の両方を通して受けられるようになったこと、授業動画が繰り返し見られるようになったこと、自分のペースで受講できるようになったことなど、様々な理由が考えられますが、オンデマンド授業には一定の成果があるといえます。
 一方で、不合格の学生の割合も増えました。これは、対面時は2%程度だったコピーペーストによる剽窃レポート、つまりコピペレポートが5%程度にまで増えたことが理由になっています。ただし、オンデマンドになったことと、コピペが増えたことにどのような因果関係があるかはわかっていません。
 状況を調べていて理解したのは、そもそも何がコピペであるかを知らない場合があるということです。ウェブサイトのスクリーンショットを1ページ丸々はりつけることがコピペに該当し、文章をコピーペーストすることは問題ないという認識の学生もいました。驚きましたが、なるほどとも感じました。
 コピペに対しては、違反事項を伝えることも大事ですが、剽窃として倫理上の問題を啓蒙するよりも生産的方法があると考えています。コピペレポートには、ロジックが破綻している、コピペ対象の選定が悪い、そもそもレポート課題が理解できていないという特徴があり、教員の皆さんは読んだ瞬間に見破ることができると思います。コピペレポートの問題は、模倣をしていることではなく、模倣能力が低いことにあるというのが私の認識です。創造的な模倣能力が事業成果やイノベーションにつながる(例えば、オーデッド・シェンカー『コピーキャット』を参照)ことを考えると、模倣能力を高めるための練習としてレポートを位置付けることが良いのではないかと思っています。
 剽窃チェッカーを使ってコピペの度合いを定量的に表し、違反者に機械的に罰を与えるということも可能ですが、むしろ受講生の模倣能力を高めることで、表面的で拙劣な模倣である剽窃に陥らないようにするというのが前向きに思います。他人のアイデアやそれを生み出すために費やされた労力に対する敬意がなかったり、学術的知見が軽視されたりしていることは、日本社会を停滞させる理由の一端であると思われます。模倣能力を高めることは、こうした状況の打破につながると推測され、レポート課題の指導は草の根活動として意味があるのではないでしょうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?