赤道会談

東京都在住。東京をサバイブする人々をエッセイや小説で綴る人です。

赤道会談

東京都在住。東京をサバイブする人々をエッセイや小説で綴る人です。

マガジン

  • 東京ネロ戦記

    ローファンタジーSF。約3万字。完結済み。 (あらすじ) 律子はある日、自分のSNSのアカウントのプロフィール画像に異変を見つける。それはアイコンの画像が微妙にズレているという些細な事実だった。たかだか数ミリのそのズレは、実はメロ社のエンジニアである倫太郎の気まぐれの産物だったのだが、その行動が意図せずブラックボックスを開いてしまう。 アイコンの裏に隠された膨大なデータ。 誰にも突破できないセキュリティ。 メロ社が隠してきた謎。殺された同僚。 鍵は沖ノ鳥島。 扉の向こうの仮想現実に飛ばされた律子は倫太郎の助けを得て、タイコという暴力を携えて現実世界への帰還を目指す。

  • 麻道日記

    中編連作(まだ途中)

最近の記事

  • 固定された記事

【短編小説】東京ネロ戦記① 律子

  1998年6月。太平洋フィリピン海沖。 数週間前に港を出た台湾船籍の遠洋漁船、漁神号は見渡す限りの海と空の中を進んでいた。 昨夜の嵐をなんとかやり過ごし、船はつかの間の安息を得て、船員も各々甲板で煙草をふかしたり船室に戻り雑魚寝をしている。 そんな朝もやの中、船長の黃家豪はひとり悩んでいた。 この界隈を漁場に定めて2日間。全くと言っていいほど釣果が上がらない。 もう少し東側に移れば、クロマグロの魚群がいるはずだ。長年の勘がそう告げていた。 だが、200カイリ問題

    • 東京ネロ戦記⑬最終話 青と黒と群青

       僕の旅はもう終わろうとしていた。それが確信できるくらい、僕はグッタリと疲れていた。 僕はカフェのソファに身を沈め、しばらく身を悶えた。 多分僕はまた誰かを死なせてしまった。こんなことってあるだろうか。 さっきからタイコのアカウントがXR内でモニターできない。 あいつに建物に入る前、 「おい、お前この回線切ってくれ。闘ってる最中は自分だけでいい。」 と言われ、回線とかじゃないんだけど、気持ちは分かる。僕もひとりになりたいときが、とか言って続けていると、 「お前さ、

      • 東京ネロ戦記⑫ダンサーインザダーク

        突然全てが闇の中に落ちた。 ドームの電源が一斉に落ち、全ての電気系統にエラーが出て、カメラも防犯センサーも機能停止となった。 「非常用電源に切り替わるまでだ。 多分3分もない。」 タイコはそう言った倫太郎の声を思い出していた。 3分もありゃ充分だろ。 タイコの目は既に闇になれていた。 ドームの正面入口へは階段で上がる道しかない。警戒度は高いだろう。 少し遠回りになるが、地下の倉庫らしき施設から忍び込む。 タイコは冷徹な職業人に戻っていた。無駄のない動きで周りを警戒し

        • 東京ネロ戦記⑪Team Voorhees(ボーヒーズ)

            タイコは右手で律子を担ぎあげた。そしてビルの中に入り階段を登り始めた。  目に付いたドアを開け、部屋の中に入る。 丁度よく何かの倉庫らしく、身を隠すのにはもってこいの場所だった。   律子はまださっきの爆風で一時的に気を失っている。タイコは律子を床に雑に寝かせた。 自分の左腕の状態を確認しようと腰を下ろすと 、間もなく、外に人の気配がする。   無遠慮にドアが空いたと同時にタイコは、その侵入者の脇腹をナイフで狙う。が、その前に顔面を殴られ、思わず後ろに仰け反る。

        • 固定された記事

        【短編小説】東京ネロ戦記① 律子

        マガジン

        • 東京ネロ戦記
          13本
        • 麻道日記
          11本

        記事

          東京ネロ戦記⑩ベルリン会議-2-

              アンドリューは、この3日間、考えることだけにフォーカスしてきた。それこそ彼が純粋にアプリケーションソフト開発に没頭していたあの頃みたいに。 考えて、考えて、トライアンドエラーを繰り返しここまでやってきた。 振り返ってみると、ここまで決して勝ちばかりではなかった。むしろエラーが当たり前の人生だった。それでも、そのエラーを積み上げて行き、最適解へとたどり着く。まるで泥濘の中を進むワニの様にゆっくり進んで来た。   だからこれは間違いなく神からのご褒美だ。アンドリュー

          東京ネロ戦記⑩ベルリン会議-2-

          東京ネロ戦記⑨ベルリン会議-1-

           2010年代も終わりの頃、シリコンバレーでスタートアップ企業を興した若い経営者や、ビックテックに勤めるエンジニアの間で、Sanitation Acceptance Doctrine (SAD)という指標がちょっとしたムーブメントを起こしていた。 それは、ネットを通じてバイラル的に広まったニューエイジ思想の一種で、スピリチュアルな側面の多いニューヒッピー思想とも異なった。  もはや誰が起草したか不明となったその主張の根幹をざっくりと言うと、「自身が身を置くべき政治的ポジシ

          東京ネロ戦記⑨ベルリン会議-1-

          東京ネロ戦記⑧タイコ

           タイコはそのマンションに入った時から違和感を拭えなかった。 雨が降っていること以外、先週の仕事と何ら変わらない。同じ日本人のリーダーとプエルトリコ人の髭男。今回の対象は女だ、むしろ先週のインド人より楽に違いなかった。 だが、日本人のリーダーが在宅を確認し、オートロックを開けて、エレベーターに乗り込んだ瞬間、タイコは明らかな異変を感じ、今自分がどこにいるのか一寸分からなくなった。 タイコはその感覚を何故か懐かしいと思い、その理由を考えた。 エレベーターは上を目指す。

          東京ネロ戦記⑧タイコ

          東京ネロ戦記⑦律子と倫太郎

          「あなたは一体誰なの?」 椅子に座りなおして腰を据える。よし、ジタバタせずに現実に向き合うか。 「僕はメロ社のエンジニアで、青野倫太郎という者です。僕はもしかしたらとんでもないことをしてしまったかもしれない。 そのことであなたの命が危ないかもしれないと思ってコンタクトをとった。 僕のせいであなたが殺されたらちょっと立ち直れそうにないし。」 「説明して」 「今は説明している時間はない、PCをもって直ぐにそこから逃げるんだ。」 今説明している時間はない。 ヤバい、突っ

          東京ネロ戦記⑦律子と倫太郎

          東京ネロ戦記⑥アンドリュー

           アンドリュー・O・コリンは、実際20代で全てを手に入れた。 彼が他の人と違ったところをひとつ挙げるとすれば、 彼は自分から欲を出して、意思決定したことはないという点だ。自らの能力を過信してもいなかった。 つまり、23歳でバイアウトしたユニコーン企業のCEOという立場は、 ある確率の元、世界の誰かにその役割が与えられるということをはじめから理解し、 それがたまたま自分に巡り合っただけであり、結局のところ、人生は数学的確率という運に左右されることを認識していた。 だから、

          東京ネロ戦記⑥アンドリュー

          東京ネロ戦記⑤倫太郎

           僕は途方に暮れていた。 ラマサミーがデータを持って帰った翌日から、あいつは仕事を1週間休んでいる。別に休みたかったら休んだって誰も文句は言えないし、誰だって休みたいときはある。 だけど、明日がユーザーテストだという日に休むのは有り得ない。 今までラマサミーにそんなことは無かったし、はっきり言って僕一人では準備が間に合わない。まだQRエンジニアへのテスト指示だって終わってないのに。 僕は午前中既に4通のメールをラマサミーに送り続けた。告白すると、この1週間で14通のメー

          東京ネロ戦記⑤倫太郎

          東京ネロ戦記④タイコ

           タイコはその三人の中で一番冷めた目をしていた。タイコにとってはそれは日常であり、ただの仕事のひとつだった。インターホン越しに聞こえる声の主の姿を想像して、それと対峙した時のシュミレーションを頭の中で繰り返す。  その日組んだ残りの二人とも顔見知りだった。この仕事をやっているとよくある事だった。日本人のリーダーと、プエルトリコ人の髭男。揃いの作業服に身を包み、マンションのエントランスに立つ姿は、至って自然だった。  対象の在宅を確認し、事前に知らされていたオートロック解除

          東京ネロ戦記④タイコ

          東京ネロ戦記③ 律子

          「日本の最南端に位置する島の名前を答えよ。」 小5のときの社会の授業で松浦先生がどや顔で質問してきた。南鳥島って言わせたい大人の狡猾さに辟易してた私は、肩肘をついて、沖ノ鳥島です。って返す刀で言い放ってやった。多分擬音でチッスって付いていたかも。 「お、さすがだな。黒瀬はよく本をよむからな。」と、松浦先生は嫌な顔をせず褒めてくれた。 今から考えると、先生の授業の段取りを無視した、我が物顔の嫌な小学生だった。 なんで、私はこの日のことをこんなにも覚えているのかって? そ

          東京ネロ戦記③ 律子

          東京ネロ戦記② 倫太郎

           それはまさに偶然だった。新海誠的なボーイミーツガールに少し興奮したことをおぼえている。 僕はもう何年も前に終わって、2クール目は絶望だろうと言われているアニメのファンサイトを管理しており、 その側面だけをピックアップし、誰かに僕を紹介するごとに「あいつオタクだから」と吹聴する姉を、心から軽蔑していた。なぜならそのサイトにも多分女の子はいるし、いまどきアニメ好き→オタクってちょっと前時代的すぎてって言うと、 違う、お前は見た目がオタクなんだよ。と綺麗なストレートをくれた姉も

          東京ネロ戦記② 倫太郎

          麻道日記⑪

          俺たちはタランティーノの評価を間違い続けている。レザボアや、パルプフィクションに見られる、時系列をあえてシャッフルすることによる伏線回収の手管や、いかれたユーモア、トラッシュトークなどが一般的な彼の代名詞だろう。つまり脚本と編集の手腕だ。 だが、俺はそうは思わない。それは彼の本質を修飾する小手先に過ぎない。 観客が作品に没入するためにタランティーノが好んで多用する手法がある。 そう、密室での長回しだ。 サム・ペキンパーがスローモーションを多用したように、タランティーノは

          麻道日記⑪

          短編 弥生土器ヘイト

           2005年5月25日。 リバプール対ミラン。 チャンピオンズリーグ決勝。 イスタンブールで起きたこの試合を人は奇跡と呼ぶ。  前半に3点とったミラン。誰もが試合は決まったと思った。まさに盤石。だが、後半にドラマが待っていた。リバプールのスティーブン・ジェラードの強烈な追い上げで、あっという間に3点追いつかれて、最後はPKで屈した。逆転不可能と思われていた点差をジェラードが一人でひっくり返した試合だ。  あの試合を見ていた誰もがはっきりと感じただろう。サッカーは戦術とか理

          短編 弥生土器ヘイト

          麻道日記⑩

           人類の持つ環境適応力がなければ、この脆弱な肉体が極寒のツンドラや、灼熱の熱帯を何千年にも渡って生存できたとは思えない。 空気と水と適温という条件さえクリアすれば、我々は意外とどこでも生きていける。昔理科の実験でやったもやしの発芽条件みたいだ。 つまり留置場で1週間くらいたつと、人は段々と慣れてくる。昼間、取調べのない時間帯は、少年マガジンを枕に、足を組んで寝そべって、漫画の彼岸島を読むくらいは環境に適応してきたということだ。 枕にするなら、マガジンよりコロコロだな、 と

          麻道日記⑩