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麻道日記⑪

俺たちはタランティーノの評価を間違い続けている。レザボアや、パルプフィクションに見られる、時系列をあえてシャッフルすることによる伏線回収の手管や、いかれたユーモア、トラッシュトークなどが一般的な彼の代名詞だろう。つまり脚本と編集の手腕だ。

だが、俺はそうは思わない。それは彼の本質を修飾する小手先に過ぎない。
観客が作品に没入するためにタランティーノが好んで多用する手法がある。

そう、密室での長回しだ。

サム・ペキンパーがスローモーションを多用したように、タランティーノは密室で長回しする。

それがもたらす一番の効果は、観客の無意識に、これから何か不吉なことが起きるんじゃないかという不安を喚起することにある。これこそがタランティーノの神髄だと思う。

延々としゃべる役者。その会話に本当の意味はない。その後に起きるであろう惨劇を我々は期待し、同時に憔悴する。

映画のカットは、役者の人生を切り分けるけど、長回しのシーンはその役者の人生のハイライトなのだ。人の人生のハイライトを数分間見続けることの快楽には何にも勝てない。

というような酒場語録をじいさんとガチャピンに光悦として語っていたら、俺にもそんなハイライトがやってきた。

「〇番さん、面会。」

夜ももう遅く、三井弁護士の来訪の予定はない。一体誰だろう、と思い、面会室に体をすべりこませる。


透明の仕切りの向こうに、父がいた。

いつかは顔を合わせるだろうと思っていたが、それがまさか今になるなんて全然思っていなかった。

父は現役を引退したスーツを着ており、疲れた顔をしていた。やせた首とカッターシャツの隙間に思わず目がいった。父は俺の姿を認めると、力なく笑いかけてくれた。
俺はその顔をみて、思わず頭を下げた。

「大変だったな。お前髪のびたな。」

父は終始笑顔だった。

母は事件を聞いて、さすがに堪えて寝込んでしまったこと。
母から連絡を貰った兄が、俺の友達のつてを辿って、ユウジ君まで連絡してくれたこと。三井弁護士に会って、心づけを渡そうとしたこと。そしたら国選弁護人なので、受け取らないと突っぱねられたこと。父が証言台に立つことをそこで決めたことなど、父は最初からまるで決めていたかのようにしゃべり続けた。


面会時間は10~15分。父は恐らく新幹線で何度も練習しただろう。時計を片手に、これを言って、これは割愛して、と、何度も練り直したろう。
父にそんな振る舞いを強いた自分を恨んだ。

人生で絶対に忘れられない、父と息子の15分が終わり、俺はそのあと自分の留置に戻った。

俺の15分の長回しは、きしょいな。
と、思ったのと同時に、早く出たいな、と切に願った。


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