見出し画像

東京ネロ戦記⑪Team Voorhees(ボーヒーズ)

  タイコは右手で律子を担ぎあげた。そしてビルの中に入り階段を登り始めた。

 目に付いたドアを開け、部屋の中に入る。

丁度よく何かの倉庫らしく、身を隠すのにはもってこいの場所だった。

  律子はまださっきの爆風で一時的に気を失っている。タイコは律子を床に雑に寝かせた。
自分の左腕の状態を確認しようと腰を下ろすと 、間もなく、外に人の気配がする。

  無遠慮にドアが空いたと同時にタイコは、その侵入者の脇腹をナイフで狙う。が、その前に顔面を殴られ、思わず後ろに仰け反る。

軍人の見事な動きだった。その後気が付いたらタイコは後ろを取られ、首を締められていた。だが、タイコには恐怖はなかった。タイコは持ち前の圧倒的な力でその男を持ち上げて、背負い投げで床に叩きつけた。

そして、その腹を何度もナイフで刺した。

「いちいち強いんだよな。クソが。」

と、罵りながらタイコはナイフをその男の服で拭いた。

「おい、お前、少し人気のない所に飛ばせ。」
倫太郎は頷く。

                                  *
    沖ノ鳥島で、二人の元仲間を殺したあと、タイコは空に咆哮した。

メロ社に対し憤っていた。


そして打算した。

 ここに居ると、またメロ社の追手がやってくる。俺はどのみち殺されるだろう。
女は人質としての価値があるかもしれない。
しばらく一緒に行動して活路を見出す、不要になれば殺す。
ということを直接女に伝えた。

「あんた、それ私に言う?」
と女は怪訝そうに言いながら、とりあえず命が繋がったことに安堵している。

頭の中にいる男が、相変わらずのマイペースでしゃべり始める。

「どうやら、君たちはやはり仮想現実にいるみたいだ。君たちのアカウントの位置情報がログイン状態なんだ。」
と、騒いでいた。

「つまりどういうこと??」
女がきく。

「その海も波もデータなんだ。本物じゃない。つまり誰かの仮想現実の中を生きている。」

にわかには信じがたい話だ。
だが、その確かさを証明するように、
視界にまた、人が現れた。

今度は絶望的な人数だ。
1個小隊。屈強な男達が軍服を着ている。
メロ社が送り込んできた追手に違いない。

「まあでも、データってことは、悪い面ばかりじゃない。例えば、そう、フィールド内でのワープなんて、基礎中の基礎だし。」

と、倫太郎が言った次の瞬間、タイコと律子は、都会のビル群のど真ん中に移動していた。


そこは、沖ノ鳥島と同じ東京都。新宿区。新宿駅東口アルタ前。

タイコと律子は、あまりのことにそこから動けない。

「XRの構築と同じメソッドだ。君たちはデータの海の中にいる。僕ならどこにでも飛ばせる。

だけど、敵も然りだ。僕らをトレースするなんてわけないはずだ。

こっからは、追っかけっこだ。」

そういった次の瞬間、新宿駅東口で大きな爆発音がした。

爆風がタイコと律子を吹っ飛ばした。
ビルのガラスのショーウィンドウに激しく叩きつけられ、ガラスを割って、二人はピクリとも動かない。

まさかの出来事だった。

「そんな…生きていてくれ。二人とも。」
倫太郎の声は叫び声や喧騒で掻き消される。

  他の一般人も皆巻き添えとなる。
辺り一面うめき声と叫び声とで、地獄の様相だ。

その中を先ほどの軍服が、二人を探しながら歩いてくる。

タイコはダメージの残る身体で起き上がり、律子を抱えあげて、ビルの中に消えた。

                                     *
倫太郎は、倉庫から、一旦和歌山県の山奥へ二人を飛ばす。律子はまだ気を失っている。

「どうする。次もどうせすぐ見つかるんだろ?」

「僕の推測だが、 この世界にもどこかに律子のPCがあるはずだ。

入口があるなら出口があるのがセオリーだ。
陰と陽。光と闇。ジェダイとシス。だろ?

そしてこの世界の律子のPCが出口だと思う。メロ社もきっと人海戦術で探し出すだろう。だったら、今僕らも先に見つけるしかない。

まあ既に押さえられてることだってある。僕達がどう出し抜こうたって結局は、どこかでぶつからなければならない。

ならばそのタイミングは選ばせてもらおう。奴らがいちばん想像出来ないタイミングがいい。例えば、襲われて、惨めに隠れ逃げているまさに今、メロの本丸を襲う。今ならきっと手薄に違いない。


だが、これは映画でも小説でもない。それに君はライアン・ゴズリングじゃない。だからそれを拒否してここから逃げても誰も君を責めることはない。

あと、それからそのPCがどこにあるかまだ分からないし。そもそもあるとは限らないし。」

 タイコは倫太郎が耳許でずっと喋っているのをじっと黙って聞いていた。

タイコは刑務所で落語の本を読んでいた時期があった。意味はよく分からなかったが、その音や、流れていくリズムが好きだった。

倫太郎の喋りは、その落語のようでタイコには悪くなかった。

「いいさ、俺みたいな殺人鬼が勝つ映画もあるだろ。

場所、教えろよ。」

と言ってタイコは身体に刺さったガラスを無造作に抜いて辺りに投げた。

それ、スプラッターホラー映画ばかりだよ。とは、ついぞ言えず、僕は奴らの本丸の割り出しにかかる。



  実は既にアイデアは降りてきていた。

いや、疑問と言い換えていい。

XR内で、僕なら大切な情報をどこに隠す?
どんなインデックス検索にもかからない。passなんて設定してもダメだ。むしろそこが怪しいと思われる。


    僕ならピラミッドの最深部、マリアナ海溝の底、北極の氷山の中みたいに、その仮想現実世界の住人が絶対に到達出来ない場所に隠すだろう。


だから僕は既にそういう場所にプログラムを走らせていた。

世の中のすべてのオブジェクト内を検索するわけにはいかない。
ならば、優先順位をつけて調べていくしかない。

だが、ない。
マリアナ海溝にも、ピラミッドの最深部にも、正倉院の倉庫の中にも、見当たらない。

コロッセオの地中深くも、スーパーカンオカンデの素粒子の中にも見当たらない。

時間だけが経過していく。

考えろ、考えろ。どこだ。どこだ。

早くしないと、律子もタイコも死んでしまう。

メロ社は僕という存在を把握しているはずだ。データをいじれる協力者という存在を。

ならば、世界中どこに隠しても同じわけだ。
であるなら、逆にどこでもいい。

そうだな。
僕ならどこに隠す。

世界の中心だ。中心にこそ力が宿る。

ここでいう世界の中心とは、律子の中心であり、彼女の心象世界の中心なはず。

彼女の中心?それはどこだ?
実家か?
検索する。ハズレだ。振り出しに戻る。

そもそも彼女の中心は、沖ノ鳥島なはず。
だが、もちろんそこにはない。

僕はスクリーン上の地図をじーっと眺める。
マウスで拡大したり縮小したり。

中心、中心。
何となく思いついて、日本の東西南北の端の島の緯度、経度を平均して中心を割り出す。

海の真ん中だ。
一応調べてみる。当然ハズレだ。

だが、へこたれない。僕は日本の中心を調べる。長野県辰野町。日本中心の標がおかれている。彼女の出身県。

僕はそこを検索する。
ビンゴだ。

日本中心の標は、長野県辰野町の山深くにあり、そこには展望台が設置されている。

その展望台の上に明らかに最近建てられたであろうドーム状の建造物がある。
嵌め殺しの窓からは、灯りが漏れている。

「見つけた。」

僕はプログラムを書き換えて、タイコと律子をその場所に移す。

タイコは暗闇に慣れるまで、じっとその闇の中に身を置いていた。

律子はまだ気絶している。
虫の音と、風で不気味に揺れる木々と、6月の緑の匂いの中で、タイコはこれらがデータだといわれてもまだ信じられなかった。

左腕から流れる血も、体中のこの痛みも自分のものだとまだ確信していた。
タイコは魂のようなものを信じていたかったのかもしれない。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?