こどもの人生を左右する重要な判断など、専門職としての責任が問われ、迷われた際の大きな助けに。『社会的養護におけるこども支援テキストブック』監訳者まえがき公開
本書は里親養護のもとにいる子どもを支える援助者すべてにとって必読の、基本図書である。20年以上前に出版されてから版を重ね、米国・英国で古典的テキストとして現在も読み継がれていることからも、本書が時代を超えた普遍的なテーマや理論を網羅している良書であることがわかる。
アタッチメントとボンディング、発達、分離、喪失等の理論に裏打ちされた科学的基盤と、著者の経験、知恵、洞察、そして子どもに対するあたたかな思いとを重ね合わせた、社会的養護のもとにいる子どもへの対応策が、平易な文章でバランス良く示されている。くわえてさまざまな事例が紹介されているので、実践に落とし込んで理解しやすくなっている。
本書を読むことで、社会的養護における子どもと家族特有の問題や課題を理解しながら、彼らを支援する際に必要な知識と、具体的な支援計画を立てるために必要な理論とスキルを、効率よく学ぶことができる。
随所にちりばめられた、子どもへの深い愛情が、テキストであることを超えて、大切なものを子どもの支援者たちに伝え続けている。
▷書籍詳細
監訳者まえがき
本書は30年ほど前に米国,英国で出版され,その後長きにわたって,こどもに関わるソーシャルワーカーに読み継がれてきました。ヴェラ・ファールバーグ博士がこどもから学んだ,理論を実践につなげるにあたって考えるべきこと,こどもの視点でなすべきことが,豊富な具体的事例とともに示されています。
筆者が今から10年ほど前,英国の社会的養護や里親支援について研究していた際に出会った何人かの英国ソーシャルワーカーから「ソーシャルワーカーのテキストとして紹介するとしたら」ということで勧められたのが本書でした。小児科医である著者が社会的養護の現場で,こどもに学びながら理論と実践をつなげ,ソーシャルワーカー等こども支援者に向けて示されたテキストであり,随所に散りばめられたこどもへのあたたかな思いが,テキストであることを超えて,大切なものを英国ソーシャルワーカーに与え続けていると強く感じ,いつか日本の関係者にも共有できればと思いながら時が過ぎました。
この間,日本は大きな変化の時期を迎えました。2016年の児童福祉法改正で「児童の権利」について初めて記され,施設養護中心の社会的養護をこどものニーズに基づいた家庭養育へ移行するため,家庭養育優先原則が示されました。全国の自治体でこれを実現するため計画が策定され,2020年度から実践が始まりました。2023年にはこども基本法が施行され,「この法律における『こども』は,心身の発達の過程にある者をいい,一定の年齢で上限を画しているものではない」とされました。これを反映して,本書の題名は,こども基本法から始まる「こども」で示しましたが,本文は読みやすいように「子ども」と表記しています。また,同年こども家庭庁が発足し,こどもがまんなかの社会の実現を目指す,さまざまな新しい取り組みも始まりました。このような大きな変化を個々のこどもにとっての最善につなげるべく,2024年度からこども家庭ソーシャルワーカー認定資格がスタートします。筆者が本書と出会ってから10年あまりが経過してしまいましたが,この資格が誕生する年に本書を出版できることは,時宜にかなった必然とも思われます。
本書は,これからこども家庭ソーシャルワーカーを目指す方,すでに長く現場で実践を積み上げられてきた方,また,福祉以外の専門性を持ち,こども家庭福祉の現場で役割を担われている方々にとっても大変役立つ,他にはないテキストになっていると思います。こどもの複雑なニーズの理解と対応,こどもの人生を左右する重要な判断など,専門職としての責任が問われ,迷われた際に,本書は大きな助けになると,かつて専門職として同様に迷い悩んだ筆者も確信しています。
内容としては,支援者である大人が問題と考えるこどもの状況や行動等について,こども自身がどのように感じ,何を経験しているのか理解し,こどもにとってよい結果につながる支援,関係作りについて具体的に示され,支援者がそれぞれの方法を考えられるよう書かれています。特に,こどもが持って生まれた感じ方や,過酷な環境を生き抜く中で身につけた感じ方に基づくこどものニーズについて十分知ることが必要とされ,個々の複雑なニーズに合わせた専門的知識や解決方法が,ケアワーク,ケースワーク,心理療法,医療,教育を含めた幅広い分野から具体的に紹介されています。
特に,ケースワークにおいては,アタッチメントの知見を十分に活かすこと,パーマネンシー・プランニングについて詳しく説明されています。アタッチメントに関連して,こどもの環境の変化,委託変更や移動がこどもに及ぼす重大な影響についての理解と,できるだけ害をなさない方法やタイミングの検討は,今後わが国で進められる家庭養育移行において十分考慮されなければなりません。また,パーマネンシー・プランニングについても,こどもにとってずっと一緒にいると思える人をどのように保障するか(家庭復帰や親族,養子縁組だけではなく,里親と生活しながらの親との交流や,ソーシャルワーカー等の重要な大人とのつながり等も含めて)などの指摘は大変重要なものです。
本書では,こどもが困っている今だけでなく,こどものその後の人生全体を考え対応しようとする視点が,アタッチメントとパーマネンシーの考えとともに随所に見られます。
実はこの2 つの考えは,2023年12月に閣議決定された,こども施策の基本方針を定める「こども大綱」の中でも取り上げられている重要な概念でもあります。同じく閣議決定された「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン」においても,乳幼児の育ちには「アタッチメント」の形成と豊かな「遊びと体験」が不可欠と明示されました。さらに,2024年3 月に国から発出された「都道府県社会的養育推進計画の策定要領」は「パーマネンシー保障」を軸とし,都道府県と市区町村が協働して,こどもの最善の利益を保障する社会的養育体制の構築に向けた計画を策定するよう示しています。まさに本書で中心的に扱われているアタッチメントとパーマネンシー保障について,日本においても,どのように実践展開していくべきか具体的に検討を進める段階になったといえます。英国や米国では,これらを実現するべく長年にわたり取り組みが続けられてきましたが,これからの日本は「英国や米国を目指す」というよりも,「英国や米国の目指すところを目指す」という意味で,本書に示された考え方や知見から学ぶことは多くあります。大きく変わりつつある日本の社会的養育の現場において,具体的指針を自分で考え,個々のこどもの視点で,こどもにとって必要な対応を生み出すこともできるはずです。
こどもが育つ長い旅路において「ともにいる,つながっている」とこどもが思える大人がいることの重要性が広く認識される必要があります。個別に対応するために必要な具体的な方法を考え,実践できるよう工夫された本書をもとに,現在の日本の状況に合わせた新たな方法や実践が各地で生み出されていくと思います。本書を手にした方には,日本でこれから生じる大きな変化を,これまで叶わなかったことを実現できるチャンスと考え,こどもの旅路をともにすることに希望を見出していただけるものと期待しています。
「社会的養護のもとにいるすべての子どもに,その子にふさわしい,適切な時期に,思慮深い意思決定をする代弁者となる大人がひとりはいること」
「それによって,子どもができるだけ歩みやすい道のりで,途中良き仲間を得ながら,愛にあふれた場所にたどり着くこと」
ファールバーグ博士が本書の謝辞に記されたこの願いを,われわれも持ちながら,「こどものために」で終わらせず「こどもとともに」へつなげる実践を続けてまいりましょう。
上鹿渡和宏
■編者紹介
■監訳者紹介
御園生 直美(ミソノオ ナオミ)
白百合女子大学人間科学部講師、早稲田大学社会的養育研究所研究院客員講師、NPO法人里親子支援のアン基金プロジェクト理事
引土達雄(ヒキツチ タツオ)
新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科准教授、早稲田大学社会的養育研究所招聘研究員
岩﨑 美奈子(イワサキ ミナコ)
東京学芸大学教育心理学講座講師、早稲田大学社会的養育研究所研究院客員講師
上鹿渡 和宏(カミカド カズヒロ)
早稲田大学人間科学学術院教授、社会的養育研究所所長
■訳者紹介
綿谷志穂(ワタタニ シホ)
翻訳者。東京大学教育学部比較教育社会学コース卒業。メーカー・特許事務所勤務を経て、出版翻訳に携わる
●書籍目次
イントロダクション
第1章 アタッチメントとボンディング
第2章 子どもの発達
第3章 分離と喪失
第4章 移動のトラウマを最小限にする
第5章 ケース・プランニング
第6章 行動の問題
第7章 子どもと取り組むワーク
結びにかえて
▷本書の詳細はこちら
『社会的養護におけるこども支援テキストブック こどもが育つ旅路をともに』
出版年月日 2024/06/05
書店発売日 2024/06/15
ISBN 9784414414967
判型 B5
ページ数 262ページ
定価 3,960円(税込)
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