慢性的な自己解決できない悩みから身を守る方法 - 養生大意抄09
1.暇、ひま、ヒマ
【原文】
○凡(およそ)徒(いたづら)にうっかりとして日を曠(むな)しく暮すことを深く戒(いましむ)べし。徒にうかうかとして暮せば気たるみ、精神抜て筋脈ゆるみ其うえに心に主(あるじ)なき故、種々の妄念慾心(よくしん)萌(きざし)動(うごき)て果(はて)は病を生ずるに至る者おおし。老年迄堅固に勤たる人の隠居して間もなく病気づく人おほきを見て知べし。冨貴の方或は閑逸(ひま)なる人、又は仕官して暇なく勤(つとめ)し人の致仕(いんきよ)せし、皆読書三昧をよしとす。左もなくは詩歌或は書画の類に心を寄て常に心の主となすべし。若(もし)右様の事好まざる人は、茶香鞦鞠(けまり)のたぐひよし。田夫(でんぷ)野老(やろう)村媼(うば)里婦(かか)の属(たぐひ)心を寄すべき事なきは、念仏三昧(ざんまい)か題目三昧抔(など)心の主となすも亦主なきには勝れり。凡士(さむらひ)たる人は、其職分内の文武の道博く楽(たのしむ)べき事おおければ、他の伎芸に游(あそぶ)には及ばざるべし。
【意訳】
そもそも何もせずうっかりと日々むなしく暮らすことを、深く戒めるべきである。何もせずうかうかと暮せば気がたるみ、精神が抜けて筋脈がゆるみ、そのうえ心に主(あるじ)がないため、種々の妄念や欲念が起こり、ついには病気になってしまうものが多い。
これは老年までしっかりと働いた人が、隠居して間もなく病気になってしまうことが多いことからもうかがい知ることができる。
冨貴の人や、暇な人、または官職について忙しく働いた後に隠居した人は、みな読書三昧にするとよい。そうでなければ詩歌や書画の類に心を寄せて、常に心の主(あるじ)とするとよい。
もしこれらの事が好きでない人は、茶、香、鞦鞠(けまり)の類がよい。
村里の人々で、心を寄せられる物事がない場合は、念仏三昧か題目三昧などを心の主とするのも、何も主がないよりはよい。
そもそも士(さむらひ)たる者は、その職分である文武の道が博く、楽しむべき事が多いので、他の伎芸に遊ぶには及ばないだろう。
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多紀元悳『養生大意抄』(国立公文書館内閣文庫所蔵)より
2.慢性的な自己解決できない悩みに対処する方法
○暇は悩みの増幅装置
退職後に急に時間を持て余すようになり、不活発な生活が病気の引き金になる。こんな現代病っぽい事象が江戸時代にもあったとは。とにかく老後に向けて何か趣味や生きがいをみつけておくのは、今の人にとっても大切なことだろう。
人間は何かをせずには、健康的に生きられないようにできている。暇な日々を不活発にすごすと、体の衰えが加速される。
また、暇は体に悪いだけでなく、心にも悪影響を与える。人間暇になると妄念が起きやすくなる。
いいかえると、暇は悩みの増幅装置になる。
○悩みが心の主(あるじ)になってしまい心身を破壊し始める
私たちの心の中には、さまざまな感情が共生している。その心の主(あるじ)は、その時によって入れ替わりがあるようで、暇になると心に主(あるじ)がいなくなる。そこへ妄念という余計なものが居座り始める。
妄念は心を傷つけ、身体を病へと向かわせる。できれば追い出さなければいけないが、悩みや執着といった妄念が、ひとたび心の主になってしまうと、なかなか出て行ってはくれない。
この妄念や悩みは、老後の暇だけが原因ではない。悩み事は年齢に関係なく、誰でも持っているだろう。
すぐに解決できないような悩み事がある場合、気がつけばその事ばかり考えてしまったりする。
考えても無意味だと、そうわかっているのに、それでも考え続ける。
○長期的な自己解決できない悩みに直面したらどうすればよいか
悩ましい問題がある時は、正面からその問題と向き合って、努力して解決しなければならない。ただ、そんな正論が通じるのは、その悩みが短期で自己解決できるような時だけだ。
大きな悩みと長期間戦わないといけない場合、ただ頑張るだけでは心も体ももたない。心と身体が徹底的に壊されてしまわないように、時々心の主を交代させないといけない。
その交代要員が、趣味という臨時の主になる。
趣味を心の主にするなんていうと、現実逃避ともとれるが、どうしようもなく追い詰められてしまった時は、心ここにあらずで、どうせ何をやっても効率が悪く、時間の浪費になってしまうはずだ。
同じように時間を浪費するのであれば、悩みなんかではなく、娯楽や趣味に一時的に没頭しよう。体に自然治癒力がそなわっているように、心にもそれはあるはずなので、この場合は逃避ではなく治療だ。
○心のケアに趣味をどのように活用するか
心の主を交代するときに、ひとつだけ注意したいのは、この一冊だとか、この一作品といった感じで、具体的に「これ」という区切りのあるものにし、量を決めてからにすること。
酒が趣味の方には残念だが、飲酒など、なにかを摂取するのもについては、ここでは除外する。文化的な活動か、運動を選んでほしい。
趣味にも色々あるが、ゲームの場合はちゃんとエンディングのあるものを選ぶ。ユーザを長期間依存させるタイプの、エンドレスなゲームには絶対に触れてはいけない。
○あなたの今の心の主を分析してみよう
今回登場した、「心の主(あるじ)」という言葉は、趣味と置き換えると面白い。
「私は読書を心の主としている」
「私の心の主はゲームをすることです」
「アニメが心の主です」
こうやって「趣味」という言葉を「心の主(あるじ)」に置換すると、何か高尚なことをしているよう気になる。妄念を追い出すための儀式なのだから、実際に高尚だとも思う。
暇を持て余すご隠居の話からはだいぶ離れてしまったが、心の養生として、ときどき自分の今の「心の主(あるじ)」は何者なのか分析するようにしましょう。
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※現代においては差別的であるとされる表現や内容が含まれますが、故人である原書の著者にその意図がないことと、歴史的な資料として忠実に残すため、そのままの形で翻刻・意訳いたしました。どうぞご理解ください。
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