小説『空生講徒然雲11』
カワサキW650に跨がった私は風に吹かれていた。
それは、古墳公園の北の鉄塔の上だった。私は年に一度の空下がりから空上がりを果たして『もの生む空の世界]』に還って来ていた。
もう、私のなかではこちらの世界にこそ現住所があるようなものだった。私が私でいられる世界はこちらにしかなかった。私の終の住処は此処だ。この千日でそうなった。
夜風は冷たく止む気配はない。いつまでも、私の髪とカーキ色したミリタリーコートと鉄塊は北風に吹かれていた。急な風に煽られて鉄塔から落下してもおかしくない。けれど、私のカワサキW650は鉄塔の上でゆうゆうとした態度で私を乗せたままそこにあった。
千日前に、私のカワサキW650には「いのち」が吹き込まれたのだ。この鉄塊は『もの生む空の世界』にたどり着いた途端に、それなりの知恵をもった動物になった。そう、馬並の。鉄塔の上くらいではもう、かれの心はゆるがない。私のカワサキW650は生きていた。
私は、鉄塔から誰もいないひっそりとした古墳の灯りを見下ろしていた。先刻の『もの思う種の世界』での喧騒はなかった。否応なく世界が移ろったことを実感できた。
私は郵便配達員を待っているのだ。いつもそうだ。郵便配達員がこの世界で私に御師の仕事の知らせを持ってきてくれる。
鉄塔の中程から伸びる電線は柔らかくひかり、どこまでもつづいていた。その光源はホタルイカのひかりだった。ひかりが不可思議な動きで明滅していた。群れなした白と黒光のホタルイカは、もって生まれた天性の不可解なバネで迷路を巡るように夜空にひかりを配っていた。
その動きはギタリズム柄のギターのあの動きだった。パチパチして目が疲れるのだが、これも遊び半分で私が生んだせいでもあるのだ。面白さを優先した私の性といっていい。しかたがない。ちなみにこの白と黒のホタルイカは、北の山の麓にある神社の御神水からつきることなく、水が涸れるまで生まれてくる。そう、私が、決めた。そのくらいの自由が御師にはあった。
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