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ずっと心について話したかった。
皆さん、こんにちは。
今日も読んでいただきありがとうございます^^
【言葉で心をつむぐ旅人】mariです。
☆こちらの記事はメンバーシップ限定の、ちょっとディープでとがった、心についてのお話です。(前半は試し読みできるのでぜひ読んでみてね!)
いつも記事を読んでくださっている方は、私自身がかなり心について暗く重たい見方をしているかというのはご存じだと思うのですが…笑
もう、自分はどうあがいても、そういうものなのだと割り切って、そんな心の暗さについて、あれやこれやと考察している日々でございます。
しかし世界には、同じように自分自身について明るく捉えられないことに、後ろめたさや罪悪感を抱いている人もいると思うんです。
だからこそ、私が暗い心の内を、そのままのトーンでお伝えするということは、きっと何かの目印になるはずと信じて、言葉を紡いでいます。
そんな荒野のような心の旅を続ける私が、人生そのものについて、いったいどのように捉えているか、そしてそれはどのようにして生まれた感覚かということについて、生い立ちにそって紐解いていきたいと思います。
「自分自身の人生」という存在に気づく
若い頃は自分が自分の人生というものを、どういうニュアンスで捉えているかということについてなんてことは、あまり真剣に考えることなく過ごしていました。
それもそのはず。生まれたときから自分の視点から見てきたものがその人自身の「当たり前」になっているので、機会がない限りは、相手が自分と違う世界を見ているということにもなかなか気づきにくいものです。
しかし、他者と深く関わりうことで、衝突やすれ違いを経験し「あれ、もしかして自分が捉えている世界と、他の人が感じている世界とは違うのではないか?」ということに初めて出会う。
そうなって初めて「じゃあいったい自分は世界をどのように見ているのか?」という問いに結び付くわけです。
違和感の始まり
そんなふうにして「なんかみんなと違うかも…」ということに気づき始めたところが、自己理解をしようとする心の旅の始まりなのだと思うのですが
私自身が、自分の生きている環境や、身の回りの人たちとの関係に悩みや違和感を感じるようになったのは9歳の頃でした。
そのころから、自分の毎日に、漠然とした「これじゃない感覚」が生まれてきたのを覚えています。
そしてその感情を安心して感じることができず、恐怖と不安に飲み込まれて自分で自分がコントロールできなくなってしまうような、自分の手綱がぷつんと切れて、暴走してしまうような感覚がありました。
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