アカデミー賞短編実写映画賞受賞。だれかループを止めてくれ! ブラック・ライヴズ・マターの本質を描く快作『隔たる世界の2人』
4月9日に『隔たる世界の2人』がNetflixで配信開始されました。第93回アカデミー短編実写映画賞にノミネートされています。さて、『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』の著者、藤田正さんはどう観たのでしょうか?
※アカデミー賞短編実写映画賞受賞しました!(現地時間2021年4月25日)※トップ画像はオフィシャルトレイラーをスクリーンショットしました。
(追記)
映画の配信直後の4月11日、ミネソタ州ミネアポリス近郊で黒人男性ダンテ・ライトさん、20歳が警官に射殺される事件が発生しました。2020年のBLM再燃のきっかけとなったジョージ・フロイドさん暴行死の現場からわずか15キロの場所で起こった事件。ちょうど、元警官の公判が開かれているさなかの出来事...…だ。
『隔たる世界の2人』(原題:Two Distant Strangers )- Official Trailer
――藤田さん、『隔たる世界の2人』(TWO DISTANT STRANGERS)は観ました?
藤田 観た! 30分あまりの短編だけど、以前から評判になっていたとおりのクオリティだった。
――私は映画を観ながら、書籍を編集していたときのことを思い出してしまいましたよ。コロナ禍という非常事態の中、黒人青年が今日も警察官に撃たれた……というニュースが何度も流れてきて、かなり辟易しながらの作業でしたから。本作は、まさに現在の「ブラック・ライヴズ・マター」を反映したフィルムですね。
藤田 突き詰めて言えば「黒人はどういうふうに、無実であっても、いとも簡単に警官に殺されるか」です。著書『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』では題名のとおり、BLM運動の根本を文化的な面から分かりやすくみなさんに伝えようと思って書いたんだけど、この、文化としてのBLM的意識の広がりは、終わることなくどんどんと深化しています。『隔たる世界の2人』は確かなその一つです。森さんのこのnoteは、書籍を作ったあと、2021年に入ってずっと流れを追いかけているからとっても重要です。
――BLM運動を再度活性化させたジョージ・フロイド氏殺人事件(2020年5月25日発生)も、『隔たる世界の2人』の直接的な背景になっている。フロイド氏を殺した元警察官の公判も今、まさに始まっています。
藤田 そう、あの悲しく辛い歴史的な叫び「アイ・キャント・ブリーズ(息ができない)」が映画にも出てくる。『隔たる世界の2人』が面白い、というか、よく考えられているな~と思うのは、私的な若い男女だけの空間(アパートの一室)は温かそうに見えても、ドア一枚を隔てて、人種差別の悲劇とは薄皮だけでつながっているのだと語る。そして「アメリカの非情と冷酷」は常についてまわる。このことを短編は、ほぼ同じシチュエーションで繰り返し物語化してみせる。
――男女というのは、もちろん黒人の二人ですよね。
藤田 もち(笑)。ストーリーの詳細はここでは言わないけど、繰り返される複数の物語の基本が同じであることが重要です。そしてそれはブラック・ライヴズ・マター運動の発端となったトレイヴォン・マーティン君が、フードを被って道路を歩いていただけで殺された事件から、自宅で寝ていただけなのに撃ち殺されたブレオナ・テイラーさんなどなど、警察による、膨大な数にのぼる悲劇と怒りの物語に呼応している。たった30分ほどのこの映像には、実に多くのキーワードが盛り込まれています。
――いっちばん最後に「パーカーのフードを被るトレイヴォン・マーティン君」が出てきます。
藤田 だよね~。製作陣はこれこそが描きたかったのかも知れないね。彼が羽織っているジャケットの色にもちゃんとしたブラックとしての主張があります。
――で、主役の「Joey Bada$$」って誰ですか?
藤田 若手のラッパーです。
――不思議な名前ですね。(ジョーイ・バッドアスと読む)
藤田 ラストネームは「オレ、サイコー!」って意味だけど、ま、お父さんお母さんの前では言ってはいけない芸名ですね(笑)。
――二人の監督も面白そうです。
藤田 トレイヴォン・フリーって、先のトレイヴォン・マーティン君と親戚関係があるのか!と思ってしまうけど、この人は黒人のコメディアンです。で、ロスのコンプトン市の出身。生粋のブラック・エンタテイナー! 脚本も彼です。
――ああ、だからこそシリアスなテーマが、親しみやすくというか、ブラック・ユーモアで見事に仕立てられているのか。ちょっとズレますけど、ネットフリックスではN.W.Aの実録もの大ヒット作品『ストレイト・アウタ・コンプトン』が観られるようになりました。
藤田 そう。別に宣伝するわけじゃないけど、ネットフリックスの時代を見る目・企画力はなかなかなものだと思います。アメリカの人種問題、LGBTQとかについても、企業体として先見性がある作品をどんどん紹介している。少し前まで日本では話題にも上らなかったTVシリーズ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』なんてその最たるものです。
――もう一人のマーティ・デズモンド・ロー監督も経歴が面白そうですね。
藤田 彼はイギリスのブリストル出身の作家だそうです。『Buzkashi Boys』(2012年)というアカデミー賞の短編実写部門にノミネートされた作品の脚本も担当していて、この映画、観たことないけど面白そう。「ブズカシ」ってアフガニスタンの、馬によるスポーツ(?)で、ヤギ(の死体?)をボール代わりにする国技だそう。そのブズカシの少年がテーマだという。なんかすごい。
『隔たる世界の2人』は、資金的なバックアップとして「NowThis」(ナウディス)という、Twitterでも知られる独自のニュース・メディアの協力も得ているし、全体として旧来の映像プロジェクトとはまったく別のエナジーが注入されている作品だと思います。
――『隔たる世界の2人』は、実質、黒人の主人公と一人の白人警官だけの物語ですよね。この2人の「世界」が相当に隔たっている。
藤田 そう。アンドリュー・ハワードがサイテーの警官の役なんだけど、これがリアルという意味でも素晴らしい! アンドリュー・ハワードは力のある役者であることは当然として、なんともまぁニューヨーク市警(NYPD)の差別性を見事に演じ切っている。特に、主人公の首を締め上げるときに、力をこめたら金の差し歯が、ちらっと1本見えるところ。ううう~!ですよ。
――ジョージ・フロイド氏を殺したデレク・ショーヴィンの裁判が続く中、5月25日はフロイド氏が殺された日を迎えます。そして全米で多様な差別事件が次々に発生している今、『隔たる世界の2人』はまさに優れた検証作品と言えますね。
◆主人公の衣装と同じイエロー×ブラックの表紙が目印。『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』では、歴史も詳しく言及し、繰り返される黒人に対する差別について、解き明かします。