アカデミー作品賞ほか6部門候補の話題作、Judas and the Black Messiah(ユダと黒人救世主)徹底解説!
Judas and the Black Messiah(ジューダス・アンド・ザ・ブラック・メサイア)。日本語に直訳すれば『ユダと黒人救世主』が第93回アカデミー作品賞ほか6部門にノミネートされています。昨年、『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』を出版した私たち(著者=藤田正さん、編集=森)も、とりわけ注目をしている作品です。
現状、日本公開は未定ですが、手に入る限りの情報をもとに、4月25日のアカデミー賞発表に先立ち徹底解説します。
※2021年4月26日追記/ダニエル・カルーヤ=助演男優賞受賞。H.E.Rが歌曲賞を受賞しました。
豪華ラッパー陣が集結! ブラック・コミュニティが最重要視する話題作
ーー『Judas and the Black Messiah』は、近年、アメリカの若い黒人たちの間でも改めてその活動が再評価されている「ブラック・パンサー」党の有力メンバーの暗殺事件を描く映画です。
主題歌を歌うのは、2021年グラミー賞最優秀楽曲賞を受賞した女性アーティスト、H.E.R.(ハー)。ジェイ・Zや二プシー・ハッスル、ナズ、ラキムなど多くのラッパーが参加する、映画にインスパイアされた音楽アルバムも作られて、Judas and the Black Messiahに対するブラック・コミュニティのテコ入れ感もハンパない!
藤田正さん(以下、藤田) それにしても次々と話題作や問題作が出てくるね。この映画、超過激派とされた者たちのストーリー。ブラック・パンサー党って、テロリスト集団としてアメリカ国内では「あまり触れないほうがいいよ」って言われた暴力的で怖い存在だった……これは主に白人側の意見ね。反対に被差別の黒人にとっては、国内における「解放戦線」として1960年代末から70年代初めにかけては有力な力を発揮した若者の結社でした。
2曲目がH.E.R.による主題歌「Fight For You」。2019年に銃撃され亡くなったニプシー・ハッスル&ジェイ・Zの「What It Feels Like」は、幻のコラボレーションの実現となった。主人公のフレッド・ハンプトンがシカゴを拠点にしていたこともあり、同エリア出身のアーティストも多数参加している。
I Am, A Revolutionary!(私は、革命家だ!)
――書籍『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』では、黒豹団と名乗るそのルーツから語り起していますね。1966年にカリフォルニア州のオークランドで結成される、それ以前の逸話まで書かれています。
藤田 そう。黒豹の対抗に「ニワトリ」がいるってことも重要だからね(笑)。『Judas and the Black Messiah』は、黒豹団という黒人解放運動が一気に全米に飛び火したその中心地の一つ、シカゴの話です。
――主人公はフレッド・ハンプトン(1948年8月30日~1969年12月4日)という実在の闘士。21歳で、地元の警察とFBIによって殺された若者です。
藤田 彼は指導力とインテリジェンスが備わった逸材だったと言われています。プエルトリコ系のヤング・ローズ党との共闘を実現させたのもフレッドだし。
――ヤング・ローズ党ってエディ・パルミエリさんの……。
藤田 そうです。音楽でいえば、ニューヨーク・サルサで最もラジカルな部分を創造したエディ・パルミエリ一派の思想的仲間がヤング・ローズ党だった!
――またまた、藤田さん、興奮しないで!
藤田 ヤング・ローズ党が結成されたのは(1968年)、ニューヨークじゃなくて実はシカゴだったんだよね。こういった差別から立ち上がろうとする意識の高い、しかも急進的左翼思想を持った人たちをまとめようとした黒人側の中心的人物の一人がフレッド・ハンプトンだった。
――ブラック・パンサー党イリノイ支部の議長で、党本部の副議長だったハンプトン。タイトルにある「黒い救世主」とはハンプトンで、 「ユダ」つまり裏切者がメンバーにいたということですね。
藤田 「黒人が黒人を殺す」という言い方があちらにはあって、固い団結で結ばれているはずの仲間の中にこそ最悪の敵が潜んでいる。マルコムXの暗殺(1965年)も結果的にそうだったと言われています。本当の悪党は実際の犯罪に関わらずに、後ろで操る。
――つまり「コインテルプロ(COINTELPRO)」ですか? 先に紹介したインスパイアード・アルバムの1曲目にも同タイトル曲がありますが。
藤田 そうです。「コインテルプロ」とは、FBIの初代長官だったエドガー・フーバーをリーダーとする、極秘で、非合法の行動プログラムのことです。FBIは国家にとって「こいつらは危険だ」と決めつけて、謀略などさまざまな方法で対象の人物や組織を潰しにかかった。共産主義者。ブラック・パワーを提唱する者。フェミニストのグループ。いろいろですが、組織にスパイを送りこんで暗殺まで企てた。映画『Judas and the Black Messiah』は、シカゴの黒人解放闘争を対象としたコインテルプロの現場が描かれている。
――映画でフレッド・ハンプトンを演じるのはダニエル・カルーヤ(トップ画像の左/アカデミー賞助演男優賞候補)。ハンプトンのアジテーション「I am a Revolutionary!」も、もちろん再現されています。
藤田 カルーヤは2017年の大ヒット『ゲット・アウト』の主役をつとめた。『ゲット・アウト』、ただのホラー映画じゃないよってことも『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』では触れました。
フレッド・ハンプトンは同じく2021年のアカデミー作品賞にノミネートされているネットフリックス映画『シカゴ7裁判』にも登場している。裁判所において、被告人席にいるブラック・パンサー党のリーダー、ボビー・シールの後ろの傍聴席に座るのが彼。暗殺現場である実際の自宅写真が同作には差し込まれている。
――裏切り者、つまりFBIの情報提供者であるウィリアム・オニール役で登場するラキース・スタンフィールド(トップ画像、背後から除く人物/彼も助演男優賞候補)は『ゲット・アウト』でカルーヤと共演もしていますね。
藤田 彼はネットフリックスでも配信されているドラマシリーズ『アトランタ』の演技もよかった。『Judas and the Black Messiah』の監督、シャカ・キングは、救世主も裏切者も、人間的な側面を描きたかったと語っている。ちなみに「シャカ」って、お釈迦様じゃないからね。かつてアフリカ大陸の南部を支配したズールー王国の最初の王様がシャカさん。監督もすごい名前を付けたもんです。
――しかしFBIのエドガー・フーバーらは、なぜ、 たった21歳の若者を暗殺をしなければいけないほどまでに恐れたのでしょうか?
藤田 「彼ら」の意識の根底にあるのは、黒人全体に対する恐れなんだろうね。状況として60年代後半の解放闘争の盛り上がりはすさまじいものがあったから、キング牧師を敵視し、マルコムXを殺したくらいでは収まりがつかず、次から次へと運動家を捕まえて、時にハンプトンのような存在を殺した。ブラック・パンサー党はそのために70年代に入って勢力を失っていくわけだけど、こういう弾圧に関する歴史的な罪深さを弾圧者当人が心の奥底で感じているからこそ、差別と弾圧は積み重なって、さらに激しさを増す。
歴史と文化を根底から問い直す動きのなかで
――『Judas and the Black Messiah』は監督を筆頭に製作陣がすべて黒人です。マーベル映画『ブラックパンサー』で知られるライアン・クーグラー、地下鉄道の指導者を描いた『ハリエット』のチャールズ・D・キングなど、そうそうたるメンバーがそろっています。ブラック・ムービーの金字塔といわれた『ボーイズン・ザ・フッド(Boyz N The Hood)』の公開から今年で30年。時代は変わりつつあるのでしょうか?
藤田 この流れ、高く評価しています。なぜこんなに「ブラック・フィルム」がたくさん作られるのかを俯瞰した時にわかるのは、アメリカ合衆国の歴史と文化を根底から問い直そうとする動きが強烈に強まっているということ。まずそれを知るべきだと思います。
ブラック。アジア系も含めたカラード。中南米からの人々……「ブラウン」と表現する人もいますね。ネイティブ・アメリカン。あるいは「白人」といわれても、実に様々な家系・血筋があるわけで、彼ら彼女たちがどう生きてきたかを歴史的に今一度、しっかり検証しようじゃないかというムーブメントがある。それは「ドナルド・トランプ一家」が喧伝しまくった罪深き嘘&煽動行為にまっこうから対立する、まさに人間的な行為です。『Judas and the Black Messiah』という映画作品も、その中の一つだと思います。
(実際のフレッド・ハンプトンの映像はこちら)
人種に関係なく、その場にいる人を瞬時に魅了するカリスマ性をもった人物が彼だった。Fred Hampton: "You Can Jail A Revolutionary, But You Can't Jail A Revolution"
◆ラキース・スタンフィールドは2021年4月29日から配信開始されるNetflixオリジナルアニメ「YASUKE-ヤスケ」で主人公のヤスケの声を演じる。
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