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「ふるえ熱産生」と「非ふるえ熱産生」の話

 寒い日が続きますね。ああ、凍えそう。
 今日は体温の話をしましょう。

 ヒトは恒温動物ですが、実は体温を気温よりも高く保つためには相当のエネルギーを消費します。爬虫類などの変温動物よりも鳥類、哺乳類といった恒温動物はかなり多くのカロリーを必要とします。例えばワニの基礎代謝はヒトの10分の1程度といわれています。

 ヒトの体温を保つ「熱」は、代謝(ややこしいので省略します)による産生以外に、大きく2つの仕組みによって産生されています。「非ふるえ熱産生」と「ふるえ熱産生」といいます。

 「非ふるえ熱産生」は主に褐色脂肪細胞で行われる「科学的な」熱産生であって、主に「代謝」とこの仕組みによってヒトの体温が保たれます。部屋の中を暖炉で暖めるイメージです。燃料の薪がカロリー(エネルギー)に相当し、暖炉が褐色脂肪細胞に相当します。室温を保つためには常に薪をくべなければいけません。
 
 「ふるえ熱産生」は文字通り、ふるえて熱を生みます。寒いところにいるとガタガタふるえてきますよね。アレです。もっと身近な例では、トイレで用を足した直後にブルブルッとふるえることありますよね。ソレです。筋肉が小刻みにぶるぶるとふるえると、蓄えられたエレルギーが熱に変換されます。大量の排尿によって熱が急速に失われると、これは危険だと身体が認識して筋肉がふるえるという仕組みです。部屋の中に突然ヤバい黒魔術で熱球が発生するイメージです。

 「ふるえ熱産生」は「非ふるえ熱産生」が追いつかないときの緊急手段的な方法ですから、身体にとって「ヤバい」状態といえます。

 感染症に罹患したときに、寒気がして、ガタガタとふるえて、それから高い熱が出ることがあります。
 この時、身体は病原体との戦いを有利にするために「体温のセットポイント」を高く設定しています。体温が程よく上がると免疫細胞の働きが増強することは周知の事実です。
 例えば平熱を36.5℃に設定している個体が、38.5℃に設定し直した場合、体温を1℃上げるためには基礎代謝量の12〜13%増やす必要があると言われていますから、大変なエネルギー消費です。さらに短時間で体温を上げるのには「非ふるえ熱産生」ではとても間に合いません。そこで黒魔術の登場です。
 36.5℃は新たに設定された38.5℃という目標体温より2℃も低いため、「寒さ」を感じます。さらにふるえることで「ふるえ熱産生」をきたし、続いて急激な体温上昇が生じるという仕組みです。

 高過ぎる熱は有害です。

 少し専門的な話になりますが、もし某感染症になってしまったときに、自分で分かる「どれくらいヤバい状態にあるか」という指標をご紹介させていただきます。
 全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome; SIRS)という概念があります。サーズと読みます。敗血症(≒やばい感染症)の定義を明確にするために1991年に米国で開かれたAmerican College of Chest PhysiciansとSociety of Critical Care Medicineのコンセンサス会議で提唱された概念であり、簡潔に述べるなら「身体の中でスゲー戦いが起きていてなんかヤバい状態」です。
 以下の表に基準を提示します。

1) Bone RC, Balk RA, Cerra FB, Dellinger RP, Fein AM, Knaus WA, Schein RM, Sibbald WJ: Definitions for sepsis and organ failure and guidelines for the use of innovative therapies in sepsis. The ACCP/SCCM Consensus Conference Committee. American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine. Chest 101: 1644-1655, 1992.
2) American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine Consensus Conference: definitions for sepsis and organ failure and guidelines for the use of innovative therapies in sepsis. Crit Care Med 20: 864-874, 1992.


 白血球数なんて採血しなきゃわからん!となりますが、2つ満たせばSIRSの状態と判断できますから大丈夫です。熱っぽくてドキドキしてハァハァしている状態です。いや、感染症が原因の場合ですよ?

 真面目な話、SIRSが4日以上続くと「要注意」です。
 さらに該当する項目が多いほど重症化する危険性も高いと言われています。
 
 ところで某感染症の場合、自宅待機中に一番ヤバいのは「呼吸」です。
 実際にこの感染症で致死的になる原因は圧倒的に「肺炎」による「呼吸不全」ですから、ここに注目すべきでしょう。
 パルスオキシメーターがあれば酸素飽和度(SpO2)を測定できますが、巷には粗悪品が多く流れていますから、なかなか難しいところです。
 そこで役に立つのが「呼吸回数」です。SIRSの表では20回を超えると1点ですが、30回を超えたら相当の注意が必要です。それは酸素投与が必要な状態かもしれません。某感染症では半日〜1日以内に急激に呼吸状態が悪化することを経験しますから、おかしいな、と思ったら注意しましょう。

 逆に、呼吸が落ち着いていてSIRSの基準も満たさなければ、多分大丈夫です。いえ、もちろん断定はできませんが、統計学的に「大丈夫な可能性が高い」から、そこまで焦らなくてもいいかもしれない、ということです。限られた医療資源は、適切に分配される必要があります。

 新興感染症がなくても医療崩壊寸前の日本の医療でした。未曾有の事態、この感染症を診療できる病院は限られ、その現場は大変なことになっています。医療へのアクセスが悪くなっている現状では、自分の身を自分で守る気概が必要です。政府や自治体、医療機関に文句を言ったところでどうしようもありません。(でも文句は言ったほうがいいと思います。そういう声が集まって大きくなれば、いつか疲弊する医療現場が少しでも改善されるかもしれないと淡い期待を抱きます。)
 
 もし、感染してしまったら。

 軽症で済むかもしれないし、重症化するかもしれない。
 無症状や軽症で済んだ人にとっては「ただの風邪」に思えるかもしれませんが、事実として、断じて、ただの風邪などではありません。

 どうか、慣れないように。
 でも、恐れすぎないように。
 バランス感覚が重要です。


 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方と貴方の大切な人が感染症の恐怖から護られますように。


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渡邊惺仁
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