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続・少年とアンダースコート 【短編小説】

《前回のあらすじ》
 少年の初恋は夕暮れのランドセルに消えたが、再び訪れた邂逅かいこうはショートボブな美少女に成長した彼女の姿だった。テニスコートの天使は少年を入部に導き、彼はそれが下着ではなくて、アンダースコートなのだと知った。

 テニス部の練習は男女別で、接点は少なかった。休憩時間や遠征のときには話す機会があって、挨拶も交わすけれど、その先に一歩踏み出す勇気が僕には足りなかった。

 僕は補欠メンバーで、彼女はエースだった。

 地区大会に出場した彼女を応援しながら、機敏なプレーよりも腰のあたりが気になった。短い。短過ぎる。そんなに動いたら…ああっ。アンダースコートだと分かっていても目が離せなかった。男は単純だ。僕のテニス生活は煩悩まみれだった。

 どうにか接点ができるようにとテニスの練習に打ち込み、しかし距離は中々縮まらなかった。


 これではらちが明かないと痺れを切らした僕は、夏休みが終わる頃、共通の友人に彼女を呼び出してもらった。

「どうしても言いたいことがあって、結依ゆいに頼んだ。来てくれてありがとう。」

 僕は深呼吸をした。
 それは、12年間で一番長い数秒間だった。

「俺はあやのことが好きだから、
 付き合って欲しい。
 普通の、友達じゃなくて。」

 自分でも顔が真っ赤になるのが分かった。鼓動が煩いほど鳴って、口の中が乾くのを感じた。名前を呼ぶだけで、どうしてこんなに緊張するんだろう。

 好きです、だけだと「それで?」ってなる気がしたし、感情と希望と補足事項を端的に伝えるための言葉を選んだ。

 熊野くまのは数秒フリーズして、何か言いかけては口を閉じ、やがて泳いだ視線を此方に定めた。

「…ありがとう。
 あの、そういうコトは自信がなくて、
 だから、友達から、少しずつ、その…
 ……お願いします。」

 断られたのか受け入れられたのか曖昧なまま、それが僕たちの精一杯だった。ケータイの番号とメールアドレスを交換して、それぞれの家に帰った。

 家に着く前に、熊野からメールが届いた。

めっちゃビックリした‼️
結依に呼ばれたのにハルキが居るし
いきなり告られるし❓

何度も読み返した、あの日。


 結依の奴、呼び出してくれたのはありがたいけど僕のことを何も言ってなかったのか。予定外の人物が登場して想定外のことを言われて、さぞ驚いたことだろうと想像して、妙に可笑しかった。

 その日から熊野と僕は毎日メールを交換した。数往復では収まらない。新しい日は無題のメールから始まって、件名は毎日「Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re: …」と画面に表示できなくなるまで続いた。

 仲の良い女子4, 5人とメールを送り合っていたが、熊野とのメールが質も量も圧倒的だった。勿論男子とメールを交換する趣味はなかった。

 着信の色を彼女だけ変えて、フォルダも別に設定した。他愛もない話から、人生とか世界とか、色々なことを話した。水瓶座の彼女は感性のままに様々な話題を渡り歩き、山羊座の僕はその海を泳いだ。
 僕は本を読むのが好きで、彼女も読書家だったから、話の種が尽きることはなかった。


 中学1年の冬、転機が訪れた。

 雨で部活が休みになった日、齋藤先輩に声を掛けられた。彼女は所謂キレイ系の美人で、引退した後も時々部活に顔を出していた。

「雨だとテニス出来ないし、帰りにウチ寄ってかない?漫画いっぱいあるから暇潰しにさ。」

 いいんですか、と僕は食いついた。予定もなかったし、漫画も好きだった。雨の日は図書館に行くことが多かったけれど、たまには漫画もいい。安易な考えのまま、僕は彼女に付いて行った。

 先輩の部屋には漫画が沢山あった。2冊目を読み始めたところで、先輩が僕の方をじっと見ていることに気づいた。

「ねぇ、ハルキってさ、綾と付き合ってんの?」

 先輩は値踏みするような視線で僕を刺した。

「いえ、付き合ってる、というかその、そういうわけではないです。まだ。」 

 ふーん、と先輩は呟いて、口元を歪めた。

「ハルキ、可愛いカオしてるよね。目とか女の子みたいだし、良い匂いするし。」

 不意に先輩の顔が近づいて、彼女はもう一度、

「うん。可愛い。」

と言った。

 先輩は僕の■■■■■■■■■■■■■■■
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「■■■■■■。」


 頭がぼうっとしていた。呼吸は荒かった。
 何がなんだか分からなかった。
 
「シちゃったね。」

 先輩はそう言って笑った。
 僕は自分に酷い嫌悪感を抱いて泣いた。
 その涙の理由を、先輩はきっと知らない。



 そこで僕の何かが壊れたのかもしれない。


 自分に好意が向けられていることに気付くと、それを鏡のように相手に返して相思相愛を演じるようになった。心に少しだけ踏み込むと、大抵の子は「深い話をした」といって満足そうだった。心を許された後は簡単で、キスもハグもそれ以上のこともした。そこに満たされる感覚はなくて、ただ刹那の快楽と虚無の繰り返しだった。
 些細なことで僕の心に「飽き」が来ると、どうしようもなかった。その度に僕は新しい恋を探して、それが見つかると過去に別れを告げた。

 数ヶ月毎にそんなことを繰り返しているうちに、中学校生活の終わりが見えてきた。

 熊野とのメールは続いていたし、一緒に遊びに行ったり、手を繋ぎながら映画を観たりしたけれど、キスひとつ出来なかった。触れる指先が愛しくて、それを幸せに感じるのが苦しかった。

 綺麗な彼女を、僕で穢してはいけない気がした。

 
 
 僕たちは、別々の高校に進学した。 


つづく



 拙作にお付き合い頂き誠にありがとうございます。雲行きが怪しくなって参りましたが、もう少し続きます。次回、完結編。願わくは、貴方の退屈に甘酸っぱい思い出話を届けられますように。




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渡邊惺仁
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