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金魚と植木と人間と、論語の話
夏の終わりに迎えた土佐錦が二匹。幾度かの死線を掻い潜ってリビングの水槽を泳いでいます。風変わりな金魚掬いで入手した彼らの名は、ベア・グリルスとインディー・ジョーンズ。息子の命名です。
金魚を飼うにあたって、一通りの知識を学び直しました。水槽の作り方、水質維持のコツ、土佐錦と和金との差異、餌の与え方、頻度の高い疾患の概要と早期診断の方法、予防法と治療戦略など、必要に駆られて次第に金魚に詳しくなっていきました。
大原則として、餌の与え過ぎはいけません。いつもちょっとお腹空いてるくらいが丁度良い。ヒトも食べ過ぎると体調を崩しますが、金魚は直ぐ死にます。食べ過ぎ即、死。胃もないのに満腹中枢もないそうですから、食べ物の豊富な環境に適応した種ではないことが分かります。金魚の様子がいつもと違っていたら、とりあえず餌を抜いて観察するのが鉄則であることを私は学びました。
元気になって、餌を欲しがるまで待つ。
ハングリー精神が金魚を健康に保ちます。
ハングリー精神といえば、ベランダの植木を思い出します。真紅のミニバラを中心に幾つかの観葉植物が並び、窓際にはアボカドの種が芽吹いてニョキニョキと伸びて葉を増やしています。2年ほど前までは植物を枯らしまくっていた私ですが、この1年ほどは枯らさずに成長を見守ることができています。
劇的に変わったのは、水やりの頻度です。それまでは1日1回とか2回とか、植物の種類に応じて2,3日に1回とか週に1回とか、教科書的に世話をしていました。されども枯れゆく植物たち。ふと、私は植物たちと充分に向き合っていなかったのだと気付きました。種類毎の特性はありますが、同じ植物にも成長度や個性があります。土も違えば場所も違う。世話の仕方も教科書通りにはいくわけがないと、私はようやく思い至りました。
それから毎日、植物たちをじっと観察して、水が欲しそうな様子のときに水を与えるようになりました。液体肥料の必要性は葉の色や形が大いに参考になりますし、日当たりや気温の問題も、じっと見ていると検討がつきます。勿論、基礎知識は必要だろうと思いますが、その上で重要なのは、やはり求められてから与えるという姿勢なのだろうと私は結論付けました。
金魚と観葉植物の類似点を考えたとき、ふと孔子の言葉を思い出しました。
子曰、不憤不啓、不悱不發、
擧一隅而示之、不以三隅反、則吾不復也。
書き下しますと、
子曰く、
憤せずんば啓せず、悱せずんば發せず、
一隅を擧げて之に示し、三隅を以て返らざれば、
則ち復たせざるなり。
啓発の語源となった有名な一節ですが、ここに学びの真髄が示されているように感ぜられます。
憤とは心が満たされて今にも溢れそうな様子を意味し、啓に続くことから「知りたい・何故だろう」と学びたい思いが心を大きく占めている状態を説明しています。悱とは言いたいことが口のあたりまで出かかってもどかしい状態を意味する漢字ですから、ギリギリまで発せず我慢するということです。
超訳します。
どうしても困ったら電話しても良いよ。
そう。
大切なのは主体性です。
外側から過剰に与えられると、主体性を破壊します。金魚の空腹が健康を保ち餌を求めるとき生命力が興隆するように、乾きが植物の成長を促すように、人間の学習の核心もまた、渇望によって主体性を育てられることにあるのだと私は理解しました。
重症患者の担当医となった矢先に指導医は学会に旅立ち、ひとり残された私が病棟で悩みながら文献を調べながら実践した経験は、確かに今にも生きています。重症度の評価、上級医に相談すべきか自分で解決できるものか、考えながら調べたことは生きた知識として身に付きます。勿論、重要な意思決定が必要な状況や、診断や治療に困ったときには指導医に電話しました。彼は必ず電話に出て必要十分な指導を受けることができました。
気付けば私も、いつかの指導医と同じ学年になりました。後輩医師を指導するとき、彼の背中が脳裏を過ります。迷惑な教えたがりオジサンにならないように、私は今日も自分の仕事に集中します。
拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の学ぼうとする意志が、渇望の中で伸びやかに成長しますように。
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