座右の銘とは何か
座右の銘はありますか。
自己紹介のネタにしたり、何かの面接で訊かれたりするものです。検索エンジンで調べると、数多の格言を紹介するwebサイトが次々と現れます。
四字熟語や諺を挙げることが多い一方、誰かの名言や自分の言葉を銘とする人もあるでしょう。
そもそも『座右の銘』とは何でしょうか。
その語源は遥か昔、西暦100年頃、後漢時代の崔瑗という人物の残した漢詩まで遡ります。彼は当時の政治家で文人であったと伝えられています。
さぁ、原文を載せましょう。
200の漢字から成る戒めの詩です。
書き下すと長くて却って読みづらいので、個人的には白文の方が好きです。とはいえ慣れないとちんぷんかんぷんですから、現代語に意訳してみます。
長いですね。
200字の原文も長いけれど、現代語訳も長い。
こんなに長いと一字一句違わず憶えるのは大変です。ああ、だから崔瑗は自分の職場のデスクに置いて、いつも見ていたのかもしれません。ラーメン屋の壁にある意味深なポエムみたいな。
これ、もっと短く要約できませんかね。やってみましょうか。具体的なことがたくさん書かれていますが、核心部分は比較的シンプルなことを言っているような気がします。
シンプルにするために考察します。
仁とか徳とか、そういうものを目指そうという心構えがあって、詩の前半は対比しながら言動の規範を示していますね。後半では柔よく剛を制すといいますか、剛よりも柔を推奨しています。混乱する世の中で生きていく術として、柔らかくしなやかにあることの重要性が説かれています。口は災いの元と言わんばかりに、余計なことを言わずによく考えて行動することが薦められていて、このあたりは孔子の論語にも通ずるところがありますね。孔子は春秋時代の哲学者ですから、この漢詩より500〜600年ほど昔です。仁や徳を重視する様子からも、かなり影響を受けているとみて良さそうです。しかし敢えて漢詩では老子の名が示されています。すると、崔瑗その人は、権威主義的あるいは国家主義的な思想よりも、小国寡民に代表されるような牧歌的社会を目指していたのかもしれません。老荘思想とまとめて論ぜられることもあるように、それは無為自然を是とする生き方です。「行行」と対比される「悠悠」という言葉にも、長閑な田園風景を想起します。
なんかこれ、もうそのまま私の座右の銘にしたくなってきました。なんかかっこいいし。でも長い。長過ぎます。思い切って短く纏めましょう。
以閑雲野鶴為仁。
閑雲野鶴を以て仁と為す。
これが私の座右の銘。意味は記事の通りです。
随分とスッキリまとめることが出来ました。さっそく職場のデスクの右側に飾りましょう。…心なしか妙なオーラを放っておりますが、座右銘たる漢詩を飾るよりは目立たないのでヨシ。
拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方にとって素敵な座右の銘が定まりますように。
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