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ふと思い出した言葉、三選
記憶の海に沈めども輝きを失わない言葉というものがあります。それは話し手の意図を超えて異彩を放ち、時を経て存外の意味関係を結ぶと不意に人生の表舞台に浮上します。
古代、ソクラテスは『汝自身を知れ』たる神託に言葉以上の真意を見出し、それは彼の哲学の礎となりました。
そんな大袈裟な出来事ではないけれど、時折ふと思い出す言葉があります。
ひとつ。中学生の頃。
『そんなに頑張ってどうするの?』
省エネな友人に言われました。彼は賢しい人物で徹底的に負債を回避し最小の労力で利益を得ようとするタイプでした。無駄な努力を嫌うコストパフォーマンス重視の彼に、私はひとつ質問しました。
頑張らないと自分の能力が分からないから。君はいつになったら本気を出すのか、と。
彼は少し考えて、働いてから、と応えました。そして本気を出したのか出せたのか分からぬままに、彼は消息を断ちました。彼と私の中間くらいが丁度いいのかもしれないと、最近はそう思います。
ふたつ。大学生の頃。
『先輩、弓。
めっちゃ楽しそうに引いてましたね。』
彼女は二つ下の部活の後輩で、類稀なる鋭敏な感覚の持ち主でした。ウチは難しいこと分かんないですけど先輩が楽しそうに引いてはって嬉しいです、と彼女は笑いました。つらいことに満ちた弓道生活でしたが、大学生最後の夏に自分の「好き」に気付けたことは大きな励みになりました。
みっつ。数年前。
『自分でやったら良いじゃないですか。』
その一言で私は鍼灸治療を臨床の実践に投じました。時間と場所と診療報酬の観点から限定的かつ補助的な使用ですが、指向性の一致する漢方薬と併用した際の相乗効果には目を見張るものがあります。これも縁かと感謝する日々です。
だからどうということもない話ですが、備忘録を兼ねて此処に残しておこうと思います。貴方の記憶の海底にも、ふと蘇る言葉があるでしょうか。
拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、心の棘が癒えてするりと華やぐ視界に希望が灯りますように。
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