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ブラコン彼女とフェティシズム 【短編小説】
「お兄ちゃんのサークルのところに妹が顔を出すのって、変かな?」
大学の学園祭まで遊びに来ておきながら、彼女は不意に僕に尋ねた。
「別に、普通だと思うけど。」
わずかな緊張を帯びた不安そうな声も小動物のようで堪らない。そんな感想を抱きながら何でもないことのように僕は応えた。
「渡邊氏が言うなら大丈夫かなぁ…うん。いってみよう。」
彼女はブラコンで、僕は声フェチだった。おそらく彼女は実兄のことを想いながら、兄属性のある僕に面影を重ねていたのだろう。彼女の瞳が僕の向こう側に実兄を見ていたとしても一向に構わなかった。ただ近くで彼女の声を聴ければ、僕の耳は幸せだった。
同じクラスになった初日、自己紹介で彼女の声を聴いたときの衝撃は忘れない。名前と部活くらいのシンプルなものだったが、わずかに鼻にかかる独特の高音域なアニメ声は僕の心にクリティカルヒットした。
恩田陸の本がきっかけで会話を交わすようになって、ほどなく彼女の悩み相談を受け始めた。友人関係のこと、進路のこと、兄のこと。次第に高校の外でも会うことが増えて、やがて交際に発展するのは自然な流れだった。
お兄さんのところでじゃがバターを買って、木陰のベンチに座って2人で食べた。今日も実に可愛い声だね、と言うと、彼女はグッと顔を近づけて悪戯っぽく微笑み、
「可愛いのは、声だけ?」
と僕に訊ねた。返事の前にキスを交わして、少し考えるフリをしてから
「声だけ。」
と応えた。ひどいなぁと言いながら、彼女は嬉しそうに見えた。
大学に進学すると、次第に彼女とは疎遠になった。愛は距離を越えられない。大学には良い声の持ち主がたくさんいた。彼女の方も大学のサークルで新しい恋人ができたようだった。
最近になって共通の友人から彼女の近況を聞いた。遠方で結婚して、子どもも生まれたらしい。
お祝いでも伝えようかと連絡先を開いて、何か違う気がしてすぐに閉じた。思い出は記憶の中に留めておいたほうがいい。
収まりのつかない親指をスマホの画面に滑らせて、僕はnoteを開いた。
今、思い出したことを書いておこう。
タイトルは、
『ブラコン彼女とフェティシズム』だ。
ー了ー
拙作にお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方のフェティシズムが素敵に満たされますように。
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