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ドストエフスキーを読みながら 《詩》
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「ドストエフスキーを読みながら」
貴方が居なければ
僕の人生と作品は
もっと薄っぺらいものに
なっていただろう
その部屋には陽光が
たっぷりと差し込み
風に揺られる
樹々の影がちらついていた
馴れ親しんで来た十字架の横に
深層意識への入り口を並べる
死と同じくらい逆行不可能な
幾つかの悲しみについて
僕は考えている
意図的に排除されたひとつの事実を
貴方と囁き合う
神のこだまの中で作られた
響きに耳を澄ませる
其処にしか真実は存在しない事を
確かめる様に
僕の世界と貴方の世界を
象徴的に縫い合わせる
朝起きたら カーテンを開けて
窓の外に目をやる
そんな季節を待つ
通り過ぎた冬
マリーゴールドの花の色
僕等は静かに秘密を交換し合う
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私達は何者にも
なれなかったんだね
貴方は僕にそう言った
何者かに
ならなくちゃいけないのかい
そう僕は貴方に訊いた
いいかい
あらゆる些細な日々の
楽しみに翳りをもたらす事を
ひとつひとつ 捨て去る
それは何者かになる事じゃない
ありのままの自分でいいんだ
自分自身で出来る事であり
僕等が
やらなくちゃいけない事なんだ
正直な当たり前の僕なんだ
そして君なんだよ
もっと愛せるはずだよ
全てを 自分自身の事も
貴方は同意する様に
小さくウィンクをして微笑んだ
三叉路の向こう側にある
危険な街角を抜けて
夢を潜り抜け家まで辿り着く
それを確かめる方法なんて
何処にもないんだ
また君に会いに行くよ
僕は貴方へと続く道を知っている
そのドアを開ければ
いつだって貴方は其処に居る
今はただ
冬が過ぎるのを待っている
貴方は生きた
ドストエフスキーを読みながら
貴方は生きた
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Photo : Seiji Arita