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太陽が捕らえた街 《詩》

「太陽が捕らえた街」

笑顔の固定された少女の人形が
床に転がる

淡いブルーの夏用のワンピースに
赤い靴

其の靴の赤だけが 

些か不似合いで際立って見えた

昼下がりでも薄暗い部屋の中で

生温いビールを飲んでいる

足元には
妙な匂いのする犬が眠っている


彼女と暮らし始めて三か月が経っていた

陽当たりの悪い古い平家の一軒家だ

近くに多摩川が流れている 

理想的な環境とは言い難いが 

いざ物件を探してみると 
なかなか良い住まいは見つからない

アパートは嫌だ 一軒家が良い 

其れが彼女の意見だった

彼女はクラッシック のレコードを
四六時中聴く

アパートじゃ 
音がうるさいって苦情が出るでしょう

それに犬も飼いたいし

そう彼女は話していた

あちこち探して回ったが 

どの物件もとても手が届かない
賃料だった

結局 この場所にある家に決めた

入居する前に大家さんの許可をもらって

うらびれて酷く汚れた壁を

白いペンキで塗り替えた 

それで部屋は見違える様に
清潔で綺麗になった

気が付けば洗濯物は
勝手に綺麗になって

冷蔵庫の中は
自動的に補充されている

彼女は魔法使いの様な少女だった

週に一度 

ふたりは買い物に出かける

今日は何が食べたい 
明日は明後日は…

そんな話しをしながら

そして いっぱいになった
ショッピング カートは

僕等の前に広がる満たされた生活を
象徴するものだった

犬を散歩させながら
多摩川沿いを歩いた

川は心地よい風を運び 

流れる水の音は僕等に安らぎを与えた

太陽はいつでも僕等の頭上にあり

優しく時には力強く輝き続けている


誰も聴かない
クラッシック のレコード

クローゼットに残された
水色のワンピース

靴箱の奥に

置き去りにされた赤いサンダル

それでも太陽だけが
此の街を捕らえて離さない

何故 太陽はあの日と変わらず
輝き続けるのだろう

全ては変わって行くと言うのに


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