アフターテイスト 《詩》
「アフターテイスト」
ウィスキーの染み込んだ様な
彼奴の言葉と声が大好きだった
愛想の無い雑踏に紛れた
街並みを抜け出し横須賀まで
木陰に停めた
VW タイプ3 ファストバック
荒涼とした海原が見える場所
其処には水平線と空が
交わる一本の線と
風にゆっくりと流されて行く雲が居た
祝福の陽射しは例外無く
彼奴の海にも降り注ぐ
海辺のカフェで誰にも邪魔される事無く
僕は本を読んでいる
ドフトエフスキーの
「地下室の手記」
村上春樹の
「約束された場所で」
あの日 彼奴が読んいた本だ
文字を追うのに疲れたら
時折 本を閉じて膝に置く
波と風の音に耳を澄ませる そして
其処に彼奴が居る事を確かめる
天使が空から降りて来て
美しい音楽を奏でようとしている
僕等の淡い闇の隙間に
繊細な琥珀が行き渡る様に
それぞれが依って立つ場所を選び取る
「いつか強さに変える
僕が死なない為に…」
余命宣告をされた日に
彼奴はそう書き残した
僕は今でも此処に居る
彼奴の海は此処にある
本質的ロマンチックは変わらない
個性を言葉で表すよりも
香りを嗅ぐ様に感じれば良い
独特の少し癖のある香りがする
宿命か何かの様に強い風が吹く
わかったよ 僕はまたペンを取る
彼奴の言葉と声が大好きだった
其れは
僕の好きなウィスキーに似ている