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【悲報】私の皮膚、大学病院に保管されるの巻

「ちょっと皮膚をくり抜きましょうか」

先生があまりにも穏やかに言うので、思わず「あ、はい」と言った。
言ってから、「はい?」と聞き返した。

あっぶねー!脈絡もなくくり抜かれるところだった!!


2023年年末、私は大学病院の皮膚科にいた。

近所の個人病院をハシゴすること1年、もともとアトピー肌だったのが日に日にひどくなり、ついには全身ヤケドのような皮膚の赤みとともに高熱を出し、県内屈指の大学病院に紹介状を書いてもらった。

大学病院の先生と聞くと、私はむかし夜な夜な親と見た医療ドラマ「白い巨塔」(2003年版)の財前五郎を思い浮かべる。

「財前教授の 回診です」
というアナウンスとともに、ゾロゾロ医者を引き連れて歩く、あの感じ(個人の感想です)。

けれども私の担当医である小野先生(仮)は、そんな私の偏ったイメージを打ち壊してくれた。
私が診察室に入って行くと、少し白髪が混ざった髪を掻き上げ、先生はぺこりとお辞儀した。

「どうもどうも。僕は小野といいます。曜日指定でお呼び出てしてすみませんね。大学病院ってのはとにかく融通がきかなくて」

「はあ」

「あ、うさぎを飼ってるんですか?かゆいのはそれが原因じゃないかなあ…急にひどくなることもあるからね。とにかくアレルギー検査しておきますか」

私は待ってましたとばかりに、調べられるだけの項目を追加してほしいと頼んだ。動物アレルギーなのはわかっていたけど、これまで食品にアレルギーがあるかどうかを調べたことがなくて、原因はそこじゃないかと思っていたのだ。

ところが先生は首を横に振り、「やたらめったら検査項目増やしても意味ないと思うので、必要最低限にしましょう」と言った。

えっ、せっかく調べるのに、と私が困惑すれば、

「だって、たとえば今日急にお米アレルギーですとか言われたところで、明日からコメいっさい食べずに生きていけます?難しいでしょ?米に出たからといって、米を食べないわけにはいけかないんです。もちろん重度の症状があるならダメですけど」

米に出たからといって

米を食べないわけにはいかない。

なんか中国の偉人とかが言ってそうな名言に思えてきて、「なるほど」とか言うてしまった。完全に先生のペースである。


そんなこんなで血液検査をして、2週間後の再診日。
診察室に入ると、先生の様子がおかしい。顔が曇っている。

「あのねぇあにぃさん。血液検査の結果が出たんですけどねぇ」

あまりにも嫌な予感しかしない前フリ。

「ちょっとこれ、ただのアレルギーじゃない可能性がありますね」

「ただのアレルギーでは…ない?」

「この前来てもらったとき、血液検査しましたよね?で、ちょっと基準値を超えてる項目があったので、勝手に追加検査をさせてもらったんですね」

すげぇ先生。シゴデキすぎないか。

「そしたら案の定という感じでね」

こことこことここ、と先生は血液検査の項目に次々と丸をつけ、

「あにぃさんは、難病の一種の可能性があります」

と言った。

難病ってなんだびょう?

あまりの事態に、売れない吉本芸人みたいなギャグをかましそうになった。

ちょっと待ってまじでなんなんだびょう。

先生は絵を描きながら説明してくれた。

免疫機能に疾患があること。
数値を見る限り病名はひとつだけではなく、複数の病気が合併している可能性があるということ。

皮膚科と併せて、免疫内科でも診てもらう必要があるということ。

近所の病院ハシゴから解放されたと思ったら、まさかの院内ハシゴ。
唖然としていると、先生は「それから」とおもむろに切り出す。

「生検をしましょう」

「セイケン」

ここでようやく冒頭のシーンである。

「ちょっと皮膚をくり抜きましょうか」

くり…抜く…!

「ぼくのほうでは、皮膚に関わる免疫疾患の所見があるかどうかを検査したいので」

腕出して、と言われて大人しく従うと、先生は私の腕をギュッ!とつまんだ。何かと思った。場所が場所ならおまわりさんを呼んでいるところである。
しかし先生の目はいたって真剣だ。

「ほら、皮膚の戻りがちょっと悪い感じでしょう」

でしょう、と言われてもこっちはこの皮膚とウン十年も付き合っているのである。

「よくわかんないです」

「まあ、めちゃくちゃ強い自覚症状があるわけではなさそうですもんねぇ」

先生は言いながら、手元の紙切れに直径2ミリくらいの丸を描いた。

「生検では、皮膚組織を調べるために、局所麻酔をして手首から5センチくらいの場所をメスで丸く切り取ります。その後、縫合して終了です」

聞くだけでめっちゃ怖い。私はさっき先生が描いた丸を指さしておそるおそる聞いた。

「あの、この傷口は実物大ですか?」

怖い。怖いけど、ほんとにこれくらいの大きさならなんとか耐えられるかもしれない。

が、先生はあらためて丸を見つめ、

「あー、もうちょっと大きいかな?」

と丸を描き直した。

5ミリになった。

小野先生の…!うそつき…!!!


しかし、とにもかくにも生検をしなければ何もわからない。
それはそれで気持ちが悪い。

「わかりました。やります」

私が決心すると、先生は明らかにうれしそうな顔をした。

「ではまず、同意書にサインをお願いします」

渡されたバインダーには書類が2枚くっついていた。

1枚は「切開手術の同意書」。
そしてもう1枚は、「皮膚疾患における生体試料レジストリの構築〜ご協力のお願い」とある。

「先生、これは?」

「あにぃさんは複数の免疫疾患を合併している可能性が高いうえに、アトピーですよね。実はこういう症例はかなりめずらしいんです」

「えっ、そうなんですか」

「なので、もしよければ皮膚組織を大学病院に保管させてほしいんです。これによって切開の大きさが変わることはないし、何か追加で処置をすることもありません」

説明資料をめくると、研究に関する説明が書かれていた。

「目的:
皮膚疾患患者さんの血液や皮膚組織を収集・管理し、将来の研究に役立てることです。」

「研究の意義:
皮膚の病気は無数にありますが、その多くはいまだに原因や発症メカニズムが不明です。そのため、十分な治療薬がない病気も多く存在します。(中略)

病気の研究をするにあたり、病気の人の血液や皮膚をつかって研究することはとても重要です。なぜなら、そこには病気の原因やメカニズムの解明のヒントが多く含まれているからです。」

つまり、私の皮膚が将来的に医療の役に立つかもしれないってことか。

小野先生は皮膚の研究もしていると聞いていた。

状況が状況すぎて、医学の未来のために、なんていう高い志は皆無だったが、先生の論文のネタにしてもらえるならそれもいいなあと思った。

2つの書類に粛々とサインして返すと、先生は明らかにゴキゲンになった。

「さすが、ライターさんは字がお綺麗だ!」

同意書に書いた名前を見てムダに褒められる。

先生先生。取材ライターは書道家じゃありませんから。
365日パソコンで文字書いてるので、むしろ字はヘタになる一方ですから…!

いやしかし病院のペン、すごく書きやすかったな…。
と、後日同じものをまんまとイオンで買った。
新手の詐欺商法のようだ。先生には一円も入らないタイプの。


さて、生検である。

小野先生は「ぼくは診察があるので」ということで、手術着を着た若い女の先生にバトンタッチ。

手術だ切開だというからどんな場所かと思いきや、案内されたのは普通に皮膚科のバックヤードで、薬品庫のようなところだった。

看護師さんがしょっちゅう出入りしていてかなり騒がしい。

え、ここでやるの?

ブラックジャックも切開するときはいつも移動式無菌室とか使ってたけど、こんなホコリ舞ってそうな場所で大丈夫そ?!

心配になったが、私に拒否権は1ミリもない。腕は5ミリ切られるけど。
hahaha。

さっそく切開予定の腕の写真を撮影したあと、ベッドに寝転ぶよう指示される。

私、採血でも針の先っちょを見ていたいタイプ。横になると何にも見えなくなって緊張が走る。

女医さんはそれを察してか、ベッドの私に優しく言った。

「はーい、では局所麻酔をしますね。ちょっとチクッとしますよ〜。いちにの、さん」

なるほど、いつ痛いかわかると意外と耐えられるもんだな。
女医さんは声かけタイミングが完璧で、テキパキしていて、頼りになる感じがにじみ出ていた。

「針で触りますね。これ、痛いですか?」

「ちょっと…」

「じゃ、麻酔を追加しますね。……いまはどうですか?」

「あっ、痛くないです」

「では、切開していきますね」

ひいい、ついにこのときが来た。

カチャカチャと器具が触れあう音が響く。

先生は丁寧にメスを動かしながら、「もうちょっとですからね」と優しく声をかけてくれた。

あ、意外とイケる。ありがとう麻酔!ありがとう先生!

眠気さえ感じ始めたところに「大丈夫ですか」と別の角度から顔を覗き込まれて一気に覚醒した。

小野先生だった。

腕を後ろ手に組んで斜め45度の角度で腰を曲げ、ニコリと笑う先生は、すんごいマッドサイエンティストみがあった。

私は注文の多い料理店でディナーにされた人間の気分さながら、「はぃ…」と小さく頷いた。


20分くらい経っただろうか。
「終わりましたよ」と声をかけられた。

起き上がると、メスが置かれたトレーの中に白いガーゼがあった。

あの中に私の肉片が…?

私の視線を感じたのか、「あっ、見たいですか?」と聞かれる。

快く2つに折ったガーゼを開き、見えやすいように並べ直してくれた。

ちっさな円錐状のものがふたつ。ひとつは保管用、ひとつは検査用らしい。

円錐の高さは2ミリくらいで、黒っぽい皮膚の下に、白くてつやつやした皮膚組織がくっついている。
私は全身こんなものに覆われているんだなあ。

しげしげ眺めたあとに、引かれるくらい写真を撮った。



これが「私の皮膚、大学病院に保管される」の一部始終。

このあと、紹介された免疫内科に行ったら「神経難病センター」というものものしい名前がついたエリアの、「がんゲノム検査室」と「脳神経外科」に挟まれた診察室に案内され、マジで帰ろうかと思った。

「難病」とは「治療法が確立されていない病気」を指す。

何にもわからないから、対症療法しかない。
だから、症状が出たら出たで困るのだが、逆に症状が出ないと何もできない。

免疫内科の先生によると、今の私の体にはまだ明確な所見が現れておらず、いつ何が起こるかわからない「未病」という状態らしい。未病なんて養命酒のCMでしか聞いたことがないっちゅうねん。

症状は明日突然現れるかもしれないし、一生何も起こらないままかもしれない、というわけだ。

えらいことになってしまった、とひとしきり落ち込んだ。

同じ病気が進行した芸能人が亡くなったニュースを見たときは、口から魂が飛び出した。


でも、ある日この病気のことを友人に話したら、「あ、うちの夫も『難病』だよ」と言われた。

そうか。
治らない病気と向き合いながら日々を過ごしている人は、案外たくさんいるのかもしれないな。

なんだか世界から置き去りにされた気分になっていたけど、「今、この瞬間に、普通の生活が送れていること」に感謝すべきなんだろうな。

おかげさまで、今の私は「乾燥肌が不快」くらいで、普通に仕事をして、普通に遊びに出かけて、以前と何ら変わらない暮らしをしている。

だからこそ、今しかできないことをしよう。
やりたいこと、やったろう。

おいしいもの食べて、出たいイベントに出て、書きたいものを書こう。
関わらせてもらっている仕事や活動にだけは迷惑をかけないように気をつけつつ。

そんなことを思った一年だった。

岸田奈美さんのnoteにこんな一節がある。

「人生は、一人で抱え込めば悲劇だが、人に語って笑わせれば喜劇だ」

「もうあかんわ日記」をはじめるので、どうか笑ってやってください】より引用

そう。

どうせ書くなら誰かに明るく受け入れてほしい。

これを読んで一瞬でもクスッとしてもらえたなら、大学病院に皮膚を預けた甲斐があるってもんです。

ちょっとでも「オモロ」と思ったらスキ押していってください。私の免疫が1UPいたします。


このnoteは2024年10月4〜6日にX(旧Twitter)にて開催した「あなたが読みたいタイトル」投票で1位になったネタで書いたものです。

詳しくはこちら→「読みたいネタを選んでもらって書くアンケートエッセイを始めます」


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あやこあにぃ|作家&インタビューライター
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