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中国の政治家から学ぶ中国語(8)──難解な文章に出会ったとき

私は日々業務の中で、中国や台湾の政治家のスピーチを翻訳する機会が多いのですが、そうなるとやはり辞書にも載っていないし、ネットでも見たことのない「これ、どう訳せばいいのだろう・・」という語句や文章に頻繁に出くわします。とりわけ印象的だったのは数年前に指導者のスピーチで目にしたこの文章でしょう。

改革开放只有进行时、没有完成时。

この文章、皆さんならどう訳しますか?この文章の初出は、2013年12月3日に開催された第18期中央政治局第11回集団学習の席上、習近平総書記が講話した際に発したフレーズとされています。

私は初めてこのフレーズを目にしたとき、翻訳にかなり迷いが生じ、結果的に違和感しかない日本語訳をしてしまった記憶があります。たしか、「改革・開放は行うのみであり、終わりはない」みたいな訳だったでしょうか。

私の場合、多くのニュースを処理しなければならないという業務の関係上、1本の記事の翻訳に割ける時間はそれほど多くはありません。このため当時、原稿に取り掛かってから数時間以内に日本語訳を仕上げなければならないという切羽詰まった場面でひねり出した文章だったわけです。まぁ今なら、「いまいちだなぁ・・」と言えるんですけどね。

ただ、この「改革开放只有进行时、没有完成时」はこれ以降、習近平総書記が改革・開放について語る際の定番のフレーズとなりました。CCTVの午後7時の定時ニュース番組「新聞聯播」でもシリーズでたびたび取り上げられたのです。

実は「进行时」には別の意味がありました。それは「现在进行时」という語句です。これを日本語に訳すと英語の「現在進行形」という意味になります。つまり改革・開放の現状を、英語の「現在進行形」に例えたフレーズだったわけです。

メディアでたびたび取り上げられる中で、改めてネットなどで調べ直し、「现在进行时」=「現在進行形」だと突き止めた私は、「これだ!」とひらめきました。ここから、「完成时」も「完了形」という訳語を導くことができたのです。

以降は、「改革・開放にあるのは”進行形”のみであり、”完了形”はない」という訳を当てています。

このように私は、じっくり訳語を吟味する時間がない環境においては「初見の訳」をとりあえず出しておき、何回か出てくる中で後から訳語を微調整するという技法は良く使います。

特に中国メディアのニュース翻訳においては、「トップが初めて使った語句やフレーズが、初回以降もメディアの論評や、会議の記事で行った指導者のスピーチで何回も登場する」というケースが多々あるからです。

ならばこのような政治的な語句やフレーズが初見で登場するときは何時(いつ)なのかというと、主に3月開催の全人代会議で総理が行う活動報告、さらには政治局常務会議、○中全会、党大会など国や党の重要方針を決める重要な会議で総書記が行う講話などで登場することが多いですね。

これらの重要会議や報告で習近平総書記らが使った語句はこれ以降、皆がこぞって繰り返し使うことになるため、われわれニュース翻訳者からすれば「以降も何回か訳語の微調整をするチャンスはある」と言えるでしょう。これは中国語のニュース翻訳独特の強みですよね。

裏返して言えば、初見で使った訳語を脳死で使うのではなく、これらのチャンスを利用してしっかりと自分の訳語をブラッシュアップさせていくことこそが、「デキる中日のニュース翻訳者」とも言えます。

そして・・・私が今取り組んでいるのは「初見で登場した語句に対して、いかに質の高い訳語を当てることができるか」です。限られた時間で質の高い訳語を見つけ出すことができる翻訳者こそ、真の「優れた翻訳者」だと私は考えています。

サポートしていただければ、よりやる気が出ます。よろしくお願いします。