シェア
こんにちは😊 セイヤです! 前にお話ししたい人を募集させて頂きまして、4人の方にお受け頂きました。 何が変わったという感じもしませんが、ただただ温かさを感じた時間でした。 感謝でいっぱいです✨ って言わせたかのようにお二方も書いてますが、感謝ってのは連動するんだなぁと。 4人の方とお話しできた事に感謝が湧き起こるのと、底で繋がっているかのように感謝が伝わるのと、どこからがぼくの感謝でどこまでが彼女らの感謝なのかと。 こんな事を可能にしてくれるのは、底に流れる”何
外の木々を眺めていると降りて来た言葉。 「この部屋の窓から見える木々はずっと動かない。あなたがこの部屋に引っ越してきてから今までずっとここにある。 少しの変化はあっただろう。雪が降って彼らの手(枝)を折った事もあっただろう。 しかし、あの木々たちは動かず今もこの部屋の窓から眺められる。 神というのはそういう事だ。 もしあの木々が明日全て移動したら? 明日の朝、窓のカーテンを開けて辺り一面の木々が全て失くなっていたら? あなたは悲しむだろう。 そして、今ここにあ
人生とは"歩く"ということだ。 それは歩いた先でもなければ、歩いた跡でもない。 "歩く"ということなのだ。 それは、歩くという動作でもなければ、歩くという現象でもない。 それは、"歩く"そのものなのだ。 それほどに人生はシンプルで、分かりにくい。
最近、心臓の鼓動を聴いていると、心臓ってしゃべってるんだと思った。 なんて言ってる? いや、言葉じゃなくて、感謝を響かせてるんじゃないかと思った。 心臓の鼓動に耳を澄ますと、とても力強く空気を叩いている。 これだけ力強いと、周りの空気はとても高い振動数で広がっていくんじゃなかろうか。 要するに、高い振動数=感謝なんじゃないかと思った。 よく、「ハート(心)の声を聴きなさい」と言うけど、それって心臓の鼓動を聴きなさいってことなんじゃないかな。 ぼくたちは生きてるだ
気づきはキャンバスで愛は無限に続く彩りの絵の具 キャンバスだけではなんか淋しい 絵の具だけじゃ絵が描けない キャンバスと絵の具、両方があって初めて絵が描ける 描くものは虹の向こうに見えるヒカリ 流れる生命(いのち) 止めどなく流れる川はいつしかキャンバスの枠を越えて、ヒカリに溶けていった
まだ幼かった頃、風船がどこまで飛んでいくかを知りたくて、家を飛び出して、際限のない青空に風船を送り出した。 ぼくは、風船が海の向こうまで飛んでいくんじゃないかと、胸を踊らせた。 あの風船たちは帰ってこなかったけど、たぶん、海の向こう側で知らない言葉を話す子供たちに、夢を与えているに違いないと思った。 この風船は、遠い空からたくさんの困難を越えて、やってきたんだと。 色んな人たちが、自分の想いという空気を込めて、色とりどりの風船を飛ばしている。 そしてぼくも負けじと、
ぼくは自然を眺めているだけで 感謝が湧いてくる。 胸の奥から 「ありがとう、ありがとう」と 音が聞こえてくる。 幸せとは何かって聞かれたら、 それは感謝だと思う。 創造性ってあるじゃないですか? それってどこからか来た 情報が「私」を通して 現れているんじゃないかと思う。 だから、 「ぼくがやったんだ!」と言った瞬間に、 その創造物は 陳腐なものになっていく気がする。 だとするなら、 創造性は感謝から来ているのかもしれない。 なぜなら 感謝は「私」がして