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Vol.51 登場人物の ” 心の軌跡 ” が見えない!

『「登場人物の ” 心の軌跡 ” が見えない映画」には乗れないなぁ』…と感じたのは、先日のこと。
映画「あのコはだぁれ?」を見た時の話です。
(※ちなみに、今回は「ネガティブ寄りの感想」なので、その点ご注意!?の程を…)

どんな物語なのかと言うと、あらすじは…
『 ” 君島ほのか ” は臨時教員として、とある学校の ” 夏休みの補習授業 ” を受け持つことになるが、それは奇妙な体験の幕開けであった…』
…といった内容。

※下記は15秒の予告編です。

オープニングが「主人公の ” 親しい人物 ” が遭遇するアクシデント」という ” 物語のつかみ ” から始まる典型的なホラー映画ですが、本格的にお話が動き出す箇所は、10人未満の生徒を相手に補習授業を始める辺り。
{なお『補習授業』と言っても、「生徒にプリント配って問題解かせる」という「再テスト」なのか「自習」なのかイマイチよく分からん授業ですが(笑)。}

そして、そのパートで起きるホラー的なシークエンスを、ざっと書きますと…

主人公が、その教室の窓から ” とある違和感のある光景 ” を目撃し、教室を離れ、そちらに向かう

到着するものの、目撃した様な不審な点は無い

いつの間にか、屋上に上っていた(補習を受けていた)生徒の一人が落下

…次のシーンは「警察だの校長だの保護者だのがやってくるシーン」なのですが、ここで不思議なのは 主人公が ” 持ち場(教室)を離れた事 ” や ” 臨時とはいえ、受け持っていた生徒の行動を止められなかった事 ” について、反省しないこと。
(ついでに言えば、周囲の関係者も ” 主人公を一切責めない ” …校長にいたっては、校長が主人公に謝っている…なぜ?)

学校は「補習授業を監督する人」が必要だから ” 臨時教員 ” を呼んだ訳で(※ちなみに ” 他にも日直の教員がいる描写 ” はあります)、呼ばれた側も「補習授業を監督するために来ている」はずなのに、持ち場を離れた事や、担当生徒に事故が起こった事への自戒が無いとなると、もはや主人公が「何考えてるのかわからない人物」にしか見えない…。

結局、この作品は ” 一事が万事 ” こんな感じで、短いシークエンスだけ切り取れば、 ” 登場人物の心の機微 ” は見えるものの、全体を通してみれば ” 各人の行動が行き当たりばったり ”
” ある忌々しい真実 ” を主要キャラクター達が知った後も、それから逃げる訳でもなく、立ち向かう訳でもなく、一致団結する訳でもなく、(強いて言えば、 ” ちょっとだけ調べる ” くらい)、ただただ「惨劇がズルズルと立て続けに起こる展開」を見せられても、お化け屋敷的な驚きはありこそ、面白さには遥かに遠く…やはり、登場人物の『心の変化(言い換えれば「心の軌跡」)』が見えない物語を見るのはツライなぁ…と思ったのでした。

では、今週の締めの「吃音短歌(注1)」を…

「こう喋れば?」と 的はずれな アドバイス 心のなかで 「だまれ!」とさけぶ

※教師以外にも、 ” 教師気取りの輩!? ” は いるものです(笑)

注1)吃音短歌

筆者のハンディキャップでもある、吃音{きつおん}(注2)を題材にして詠んだ短歌。
この中では『「吃音」「どもり」の単語は使用しない』という自分ルールを適用中。

注2)吃音(きつおん)

かつては「吃り(どもり)」とも呼ばれた発話障害の一種。症状としては連発、伸発、難発があり、日本国内では人口の1%程度が吃音とのこと。


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