引力は信じるものか?
九州遠征に行った時の記録である。
どちらかといえば下関までの遠征で、九州はノリと勢いで行ってみたというのだろうか…
写真は長崎本線だったか…の鍋島駅から見える鍋島貨物ターミナルに停車中の機関車の様子を撮影したものだ。
写真に映っている電気機関車は、EF81形電気機関車である。
交直両用の電気機関車のベストセラーとなり、多くの形態が存在している電気機関車である。
現在では活躍の範囲がかなり狭まってしまったが、九州方面ではEF510形電気機関車への置換えを控えつつ最後の活躍に邁進中だ。
と、ここまではEF81形電気機関車の話として…
写真のEF81形、450番台に関して記しておこう。
EF81形電気機関車、450番台は関門トンネルでの輸送力強化を目指して導入された電気機関車だ。
最初は平成3年に角目の異端児として451号機・452号機が製造された。コレがEF81形電気機関車に於ける450番台の始まりである。
角目ライトの乗り物が(鉄道とは限らない勢いである)大好きな自分は、この影響で451号機に関しては何回か撮影経験がある。
わざわざ九州で知り合った友人に運用などを確認してもらったくらいだから相当の情熱だろう。
写真がその451号機。
車体下部に配置された角目が特徴の電気機関車で、唯一無二の顔をしている。
さて、関門トンネルへの輸送力増強を図って登場したこの電気機関車には新たな兄弟が増備される事になった。
それが平成4年の453号機〜455号機の増備である。
この増備では従来のEF81形電気機関車と同様の前照灯・尾灯配置となったのが特徴である。
九州の関門トンネル貨物輸送増強に大活躍したこのEF81形電気機関車・450番台であったのだが転機が訪れる。
平成19年より輸送力の増強を目指して新型のH級電気機関車・EH500形が投入されたのである。
EH500形は『金太郎』の愛称で親しまれ、2車体連接でのマンモス級の車体を持ち、圧巻の牽引力を誇る。
そんな形で、新型の重量級電気機関車に貨物輸送の今後を託したEF81形電気機関車450番台は九州を離れ、遠く日本海縦貫線の富山県へ向かったのであった。
ここからしばらく、日本海縦貫線への貨物輸送での活躍が続き配置された九州を離れる。
EH500形の関門トンネル配置と同年、平成19年の出来事であった。
そして、この日本海縦貫線での出張…異動となったこの仕事での姿を見かけたのが、自分とこんかいの主役の出会いである。(遅い導入で申し訳ない)
偶然にも発掘したSDカードより発見した。
機関車の番号は、『EF81-453』。
中学時代の自分が、吹田機関区の周辺を歩いている際に偶然発見したものだ。
この時は関西方面も若干数EF81形が残存し活躍しており、主に寝台特急の『トワイライトエクスプレス』の仕事がメインだった。(日本海はどうだったろうか?)
確かこの時の目的は、吹田機関区で過ごすEF66形電気機関車に出会うという目的であった。
ただし戦果に関しては全く良いと言えるものではなく、営業運転に就いているEF66形電気機関車どころか、吹田機関区で休息を取っているEF66形電気機関車を発見するのにも難儀したくらいである。
そんな中、中学時代の自分が帰り道を歩いている間に発見したのがこのEF81-453であった。
吹田には運用の都合で来ていたのだろう。
そしてここから時間は経過する。
日本海縦貫線の貨物運用の事情が変化し、JR貨物は新型電気機関車であるEF510形を導入していく。
このEF510形の導入に関しては自分が高校に進学する頃まで続き、JR東日本の寝台特急である『北斗星』・『カシオペア』の廃止で余剰となったEF510形をJR東日本から譲受し500番台化して貨物輸送に抜擢する事によって、数を更に増やしたのである。
こうした事情を受け、再び日本海縦貫線で活躍していたEF81形450番台たちは九州への里帰りを余儀なくされてしまったのである。
自分が京都で進学・就職と人生のイベントを経験している最中、EF81-453は再びの里帰り…出戻りとして九州に帰ってしまった。
そして奇跡が起きる。
令和3年だったろうか。
自分の私的な事情とJR西日本の発売した特殊なフリー切符の影響で、九州への地をはじめて踏む事になるのである。
その際は博多駅で友人と合流し、在来線ホームにて貨物列車を撮影してから移動を開始した。
その際の貨物列車の先頭に立っていた電気機関車の写真を見てほしい。
電気機関車の番号に注目だ。
EF81-453。
そう。中学生の時に吹田で休息の様子を撮影したあの電気機関車と初の九州上陸のタイミングで再会したのであった。
これに気づいたのが、つい2〜3日前の事。
写真を見比べて驚いた。
EF81形は多くの車両が富山〜九州への異動を経験している。
その中でまさかの希少機である450番台を引いた事も…であるし、まさかの中学時代に撮影していた電気機関車を引き当てるのだけでも圧巻だ。
まさかこんな引力的な奇跡が巻き起こるものだろうか。
確か共に撮影した友人とは
「オレこの機関車撮影したんはじめてやわ〜」
なんて他愛無い話をしていたはずだったのだが、まさかの再会には驚かされた。
こんな奇跡があって本当に良いのだろうか。
下手しこうしたメルヘンチックな話は無粋かもしれないが、再会に関しては完全に縁として。
そしてEF81-453による
「ようこそ、九州へ!!」
との導きだったのかもしれない。
もし、あの日の遭遇…
中学生時代かつあの時は『昨日までは小学生』と言わんばかりの幼い中学1年生だった自分と、九州初の上陸によって再会を果たしたこの時を、453号機はどう見ていたのだろうか。
これまた無粋になってくるだろうが、
「大きくなったなぁ、少年よ」
なんて思っていたらどうにも照れくさいものである。
いや、鉄道を愛するファンや愛好家なんて星の数ほど居るのに一々把握しているのだろうか。
これまた現実な話になってくるが。
と、奇跡の再会を果たしたこの時。
結局友人とは
「あ〜時間あったね、吉塚で撮れば良かった?」
なんかと話し合い、それなりの後悔をしていたはずだったがもう少しこの再会に余韻を感じれば良かったような気がする。
しかし、これで終わらないのがこの453号機との縁だ。
冒頭の写真の別角度…
少しだけ顔を意識して撮影したものだが、この電気機関車の番号も
『EF81-453』
である。
これで3回目だ。
流石にここまで来ると、神の引力のようなものを信じたくなってしまう。
経緯は冒頭に記したように。
下関までの遠征をついでにして、鍋島の貨物ターミナルに停車しているEF81形を狙いに行ったという経緯だ。
この写真撮影時には既に就職しており、自宅と就職先を行き来している状態の中で時間を作って撮影していたのだった。
流石に
『中学→フリーター→社会人』
としてここまでの段階を踏んで出会う車両もないと思い、今回はノンフィクションストーリーの記事とした。
拙い中であれば、この感動を感じてくだされば幸いである。
そして最後になるが、令和5年の最中にこの453号機は九州地区向けの新型電気機関車であるEF510形電気機関車の投入によって置き換えられ、既に除籍を迎え引退した。
JR化後の特殊な貨物輸送事情によって誕生した450番台の仲間であったが、いち早くの引退となったようである。
この再会以降は全然遭遇しておらず、写真の鍋島での再会が最後だったのかもしれない。
『4回目』、の出会いはもうなさそうだ。