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三宅一生は世界の「イッセイミヤケ」
ニューヨーク、ソーホーにある「プリーツプリーズ」は、1本の糸から素材を開発し、服の形に縫製した後にプリーツをかける独自の「製品プリーツ」手法によるファッションを提供している。
ISSEY MIYAKEで1988年に発表した「プリーツ」を発展させ、1994年春夏コレクションから単独ブランドとしてスタートした。
軽くてシワにならず、水洗いができ、コンパクトに収納や持ち運びができる機能性、日常のあらゆる場面で使える汎用性、着心地の良さ、そして美しさを兼ね備え、ニューヨーク、パリ、ロンドン、東京の現代女性の日常に深く溶け込んでいる。
「暮らしの中で生きてこそ、デザインの存在価値がある」という、デザイナー、三宅一生の考えを実現させたこのブランド。
世界的に活躍したファッションデザイナーで、文化勲章受章者の三宅一生さんが8月5日に亡くなった。84歳だった。
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1970年に三宅デザイン事務所を設立し、翌年にブランド「イッセイミヤケ」をスタート。73年にパリコレクションに初めて参加した。
「1枚の布」という和服などの伝統から発想した服作りで注目を集めた。代表作の「プリーツプリーズ」は、細かいひだ飾りが全面に施されている洗練されたデザイン。現在も世界中で支持されている。洋服の既成概念を打ち破る斬新な作品は高く評価され、世界各地の美術館に収蔵されているほか、展覧会も開催されてきた。
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1999年10月に自身の名が付いたブランド「イッセイミヤケ」は、後進に引き継いだが、その後も精力的に活動を続けた。2007年に日本初のデザインミュージアム「21_21(トゥーワン・トゥーワン)デザインサイト」を開設し、ディレクターに就任。再生繊維を使った新しい服作りのデザインを手掛けるなど、「生涯現役」を貫いた。
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2009年、核廃絶を訴えたオバマ米大統領の演説に感銘し、米紙ニューヨーク・タイムズに寄稿した。それまでほとんど語ることがなかった自らの被爆体験を明かし、大統領の広島訪問を呼び掛けた。
2010年に文化勲章、16年に、フランスのレジオン・ドヌール勲章のコマンドゥール(勲三等)を受章し、同年、東京・六本木の国立新美術館で大規模な個展を開いた。
昨年亡くなったデザイナーのケンゾーさんとともに、日本のファッションを世界に知らしめた三宅一生さん。
その仕事はこれからも継承者たちの手の元に行き続けていくだろう。
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