生徒一人ひとりが輝く拠点としての寮生活|北海道大空高等学校・ハウスマスター 齋藤暁生さん
今回、寮のハウスマスターとしての思いを語ってくれたのは、北海道の高校の寮で働いている齋藤暁生さんです。「生徒一人ひとりが輝く拠点としての寮生活」を大切にしている齋藤さん。その思いの源泉やモチベーションにはどんな背景があるのでしょうか。ご自身のストーリーと、School Voice Projectに関わる理由を語っていただきました。
生徒の声を聞き、自主性を育む
私は教員としてのキャリアを始めた時期が遅く、大学卒業後は民間のベンチャー企業に勤務したり、大学院で経済学を学んだり、教育系NPOに勤務したりといった紆余曲折を経て教員になりました。
もともと教員になろうとはまったく思っていなかった中、様々な縁が重なり教員になるのですが、その際に「せっかく教員になるのなら…」と思って自分に課したことの一つが「生徒の声を聴く」ことでした。
授業で生徒の意見を反映する場合、時には心配になるような提案もありましたが、やってみると思いのほかうまくいきました。たとえ失敗してもその経験は次のチャレンジの土台になるため、否定せずに、まずはやってみたいという気持ちを受け止めることを大切に生徒と関わっています。
高校教員時代に担当していた数学の授業では、4月当初に「この授業、どうしたい?」と生徒に意見を求め、その提案をもとに授業スタイルを柔軟に更新していきました。中には「音楽を聞きながら勉強をしたい」「図書館で自習をしたい」と言った、こちらが心配になるような提案も出ましたが、思い切って「いいよ」と言ってみると、生徒たちが自主性を発揮しはじめ、思いのほかうまくいきました。
もちろん、うまくいかない取り組みもありましたが、生徒たちが「自分たちの意見を聴いてくれた」「先生も挑戦している」という実感を持つことが大切なのだと思います。たとえ失敗してもその経験は次のチャレンジの土台になりますし、否定せずに、まずはやってみたいという気持ちを受け止めることを大切にしています。
そして現在は、北海道の大空町に2021年の春に開校した高校の寮でハウスマスター(管理責任者)をしています。
北海道新聞・2021年4月14日付
寮の運営というよりは、オルタナティブスクールを運営しているようなつもりで仕事をしています。寝泊りする場所というだけでなく、教育施設として生徒たちになんらかの発見、生きる上で必要なことを学んでもらえるようなやり取りを心がけています。
そのために、ルールは「守る」ではなく「創る」ということや、みんなのやってみたいことを全力で応援することを軸に活動をしています。
全国的に、多くの学校の寮では新しい企画や提案があってもリスクを前提に話が進みがちでなかなか前に進まないことが多いのですが、大空高校の寮ではそういったことにできるだけ柔軟に対応できるよう組織体制やルールの在り方などを工夫しています。
「自分たちで創る」体験を通して、生徒が自主性を育み、一人ひとりが輝く拠点として寮の生活を活用してもらいたいと思っています。
より良い生活の場づくりに自分ごととして取り組めるように
実際に何をしたかというと、まずは寮の環境を整えることからはじめました。
着任当初は、地域に出て生徒の活動をサポートすることなどをイメージしていましたが、生活の基盤が整っておらず、地域の活動もコロナの影響で制限されてしまったため、もう一人のハウスマスターや生徒と寮の掃除や修繕から取り組みました。「自分で自分の環境を良くできることは大事な力だよね」という話を生徒としながら進めていきました。
実は今、新しい寮の設計が進んでいるのですが、古い建物をいい加減に扱ってしまうと、新しい建物になっても大切にできなくなってしまうと思ったので、今から少しでも生活環境への意識を自分ごとにし、新しい寮を迎える準備ができればと思ったんです。
その他にも、生徒と寮の門限について話し合ったり、映画観賞会を企画したりもしました。
そのようなことを通して、まだ1学期を終えたばかりですが、生徒たちに変わった部分も見えました。当初は遊びに関することだけだったり、遠慮がちな提案が多かったのですが、自分たちの生活をより良くしていこうという提案も増えてきました。
日々の工夫の中で小さなチャレンジを積み重ねることが、生徒の創造性や主体性の育成につながっています。掃除や修繕にも意義を感じて一生懸命やっていますし、当初はルールが前提で行なっていたことも主体的に取り組むようになりました。
寮は生活の場なので、悩みの一つひとつが切実です。生活に密着した問題が改善されなければ苦しい時間も長くなってしまいますし、日々の生活の安全も脅かされます。そういった意味で、教員のとき以上に小さな声を見逃さないように意識しています。
先生が最先端を追求する姿を生徒に見せ、寮で定着させる
このように寮で生徒の生活に関わるようになり、自分の中の変化として、学校に期待することがよりクリアになりました。学校は学習の場として「授業をしっかりやってほしい」と思うようになりました。学校でしかできないそれぞれの教科の最先端を生徒に見せたり体験させることで、生徒に新しい発見をしてほしいです。
これを実現するためには、先生一人ひとりが最先端でプロフェッショナルであることが理想です。
先生自身がプロとして一つのことを追求する姿勢を見せることによっても、その先生の生き方を吸収できると思うので。教科指導のプロであると同時に生徒にとって生き方のロールモデルにもなってほしいと思っています。
そして、学校で得たことを定着させる環境をつくることが寮の役割だと考えています。
寮では、あまり変わったことをやりすぎると、馴染めず逃げ場がなくなってしまう子も出てきてしまうので、学校と寮の役割分担を意識して生徒たちと関わっていきたいです。
学校現場の事情を可視化し、世論を味方に
私は教員以外のキャリアを過ごした期間があるため、学校の常識と世間の認識のギャップを目の当たりにしてきました。
私自身、学校の現場に入って最初にショックを受けたのは、私がイメージしていた学校現場と実際の現場とのギャップでした。だからこそ、教育現場が変えたいと思っていることに対して世間からの反発が生まれたり、逆に世間が変えてほしいと思っていることが学校現場だけの力では変えられなかったりという現象が起こっていると感じています。「これはおかしい、変えたい」と思っていても、さまざまな事情が複雑に絡み合っていて、簡単には解決しません。
School Voice Projectには、そのようなことを可視化し、そのギャップを埋める効果があるのではないかと期待しています。
実際、部活による教員の負担は最近になって世間にも知られてきましたが、5・6年前まではほとんど話題にされておらず、何十年も放置されたままでした。今、文科省や各地域の教育委員会などがその問題を解決しようと動いているのは、現職の先生方の情報発信をきっかけに世間と教育現場の認識のギャップが埋まったことが大きいと思います。
なので、まずは教職員が声を発信することが大事だと思います。
声をあげることで批判を受けることなどもあるかもしれませんし、その意味でチャレンジングな試みでもあると思います。
しかしやはり、声をあげることでしか変えられないことはたくさんあると思いますし、声をあげて変革すべき事柄が教育現場にはたくさんあると思います。School Voice Projectを立ち上げる、そういった意義を広く多くの教育関係者の皆さんにご理解いただければと思っています。
プロフィール 齋藤暁生(さいとう・あきお)
北海道大空高校「緑友寮」ハウスマスター。NPO授業づくりネットワーク理事。1984年宮城県仙台市生まれ。一橋大学商学部卒業後、ベンチャー企業から大学院・NPO法人等を経て、福島県内中学校で教職に就く。2017年より島根県立隠岐島前高等学校に勤務し、「自由で自然で自発的な学び」をテーマに単元内自由進度型の授業実践や、生徒による地域探究活動の支援を行う。2021年より現職。生徒個々人の“自分らしさ”や“やりたいこと”を基礎とした安心安全な生活の場づくりを担う。Facebook・Twitter・ブログ
大空高校・緑友寮:Twitter・Instagram
学校現場で働く教職員の方の思いをお届けする3分間のショートムービー「School Voice 1人ひとりのストーリー」で、齋藤暁生さんが思いを語ってくれました。こちらもぜひご覧ください。
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(取材・文:高野雅子 編集:建石尚子)