【読書録】『真理先生』武者小路実篤
簡単に言えば、「真理(しんり)先生」と呼ばれる老人と、そのもとに集まる人々の交流を淡々と描いた小説。
登場人物
主な登場人物は、次のとおり。
真理先生:真理について語る初老の男性。独身で、弟子たちに面倒を見てもらっている。
山谷五兵衛:本作品の語り手。
馬鹿一:石ばかり描いている画家。「石かきさん」。
白雲子:成功している画家。
泰山:白雲子の弟で、書家。
愛子:真理先生の弟子。若く美しい女性。
杉子:白雲子の絵のモデル。若く美しい女性。
感想
真理先生は、仕事もせず、お金も持たず、真理について弟子に説く、浮世離れした仙人のような人。その周りに集う人々も、清々しいほどの善人たち。
少ない登場人物の会話を中心に、のんびりとしたペースで、話が進んでいく。多少のいざこざもあるが、全般的にポジティブなメッセージが多く、読後感もとても爽やか。
私の読書傾向としては、人間の感情が渦巻くサスペンスやミステリーとか、もっと頑張らねば、と奮起させられる自己啓発本など、重いものや暑苦しいものが多いのだが、時には、こういう明るいトーンの文学で、心の洗濯をするというのもよいなあと思った。
心に残った言葉
以下、心に残った言葉を記録しておく。特にことわりのない限り、真理先生の言葉。
今の人はあたりまえのことを知らなさすぎる。何でも一つひねくらないと承知しない。(......)あたりまえでないことを尤もらしく言うと、わけがわからないので感心する。こういう人間が多すぎる。(p6)
真理以外にたよりになるものはない。人間は皆死ぬものだ。暴力は誰でも殺し得るものだ。だが真理は殺されない。最後の勝利は真理が得る。(……)又僕は心から頭を下げるのは真理だけだ。(p8)
私はすべての人が人間らしく、自分の本来の生命をそのままに生かせる世界を望んでいるのです。今のように正直者が生きてゆけなかったり、他人を憎悪しないではいられなかったり、自己を歪(※いびつ)にしないでは生きていられない時代には、なお更、この大願を持たないわけにはゆかないのです。(p46)
僕たちは真理だけ信じて、現実に甘えないことが必要だ。そしてどんなことが起こっても、それを自分の生長の糧にして、進むことが出来るものだけが、最後の勝利を得る。人生は甘く見てはならない。(p82)
(※白雲子の言葉の引用)「ものになるというのは不思議なもので、誰も気がつかない時にものになる。昨日までものになっていない人が、今日ものになるということがあり得ることを、僕は何人かで見てきました。だから今日ものにならない人が、明日ものになるかも知れない。明日ものにならない人が、明後日ものになるかも知れない。ものになるときめられないが、ものにならないときめられない。絶えず勉強するもの、絶えず進歩するものは、いつかものになると言っていいと思いますが、いつなるかは、誰にもわからない。思わぬときにものになる」(p165)
真理は私達がいかに生くべきかを知らせるものです。真理は我等の肉体を生かす為には直接に役に立つものではありません。我等は真理と没交渉で生きてゆけるのです。この世に生きるにも別に真理は必要ではないのです。ですから多くの人はただ生きることや、この世を楽しく行きたいと考えている人には真理は不必要であります。酒や女の世界も真理とは関係のないものです。(......)/ しかしそれで満足できない人、言いかえると心を持っている人、心霊界に足をふみ入れた人、そういう人にとっては、真理は暗夜の灯のような役を果すことになるのです。真理なくしては、生きることがあまりにより所がなくなるのです。真理だけがたよりになる。そういう経験を持っているものにとって、真理の力は無限なものになるのです。(p230)
真理の道は一人の犠牲者も出さない道です。どんな小さい生命も、正しい姿で生かせるだけ生かそうとする道です。暴力や金力の必要なしに人々が心の底から満足して進んでやまない道です。(p232)
自己も生き、他人も生き、全体も生きる、それが真理の道であります。(p233)
終わりに
正しく生きること、努力すること、そして、他人や社会を尊重すること、など、まっとうなことをストレートに説くこの御仁のお言葉は、大変清々しくて、心に染み込む。弟子たちがひっきりなしに集い、話を聞きにくるというのもよくわかる。
こんなおじさんが、近所にいて、こういう話を気軽に聞きに行くことができればいいのにな、と心から思う。
温かく優しい、独特の世界観を味わえる。人生に疲れ気味の方にお薦めしたい。
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