[小児科医ママが解説] SIDS【Vol.4】SIDSは本当に「原因不明」なの?SIDSになりやすい子は、事前にわからないの?
乳幼児突然死症候群(SIDS)の定義は
つまり、お亡くなりになる前後で「明らかな原因がないのに」突然亡くなってしまった、というものです。
じゃあ、呼吸や心臓が止まる前に、それをモニターでじっと見張っていたら、SIDSは防げるんじゃないの?と思いますよね。
ただしSIDSについて「自宅での酸素・脈拍のモニターはSIDS予防に効果がなく、推奨されていない」ことを前回書きました。
低温熱傷のリスクもあるモニターを買ったりつけたりするよりも、ほかに自宅でできるSIDS対策をしっかりやっていこう!という話でしたよね。
・・・といいつつも、
そんな疑問を感じたこともあるかもしれません。
SIDSの概念がひろまってきてから数十年間、SIDSで亡くなったお子さんの検査をすすめていくうちに、実は、もともと生まれ持った要因があるのではないかという複数の報告がでてきました。
以下を読んで頂く時に、あらかじめ注意してもらいたい点があります。
SIDS連載すべてにおいて、共通の参考文献はこちらです。
自律神経(呼吸や血圧)の調節が、未熟。
1990年代の研究から最近まで一貫して、SIDSのリスクになるお子さんの特徴として「自律神経(呼吸や血圧)を調節するといった、脳の機能が未熟」である可能性が示されてきました。
(①J Neuropathol Exp Neurol 2000; 59:377.
②Acta Neuropathol 2003; 106:545. ③J Neuropathol Exp Neurol 2003; 62:1178. ④J Neuropathol Exp Neurol 1992; 51:394. ⑤Brain Connect 2016; 6:187. )
実際に、自律神経の発達に関わる遺伝子が変化しているという報告が複数あります。
(①Pediatr Res 2004; 56:391. ②Acta Paediatr 2009; 98:482.)
具体的には、セロトニンという神経伝達物質の働きが正常ではなさそうだ、という研究が複数あります。
(①158:JAMA 2010; 303:430. ②Acta Neuropathol 2009; 117:257. ③JAMA 2006; 296:2124.)
しかもこの異常は女の子に比べて、男の子により見られた(JAMA 2006; 296:2124.)という報告。
またタバコにふくまれるニコチンに赤ちゃんが曝露されることで、こうしたセロトニンの異常がより出やすいのでは、という報告もあります。
(①Acta Neuropathol 2009; 117:257. ②Brain Res 2007; 1152:17.)
セロトニンの分泌や輸送に関わる遺伝子の変化も、複数の研究で報告されています。
(①Pediatrics 2001; 107:690. ②Am J Med Genet A 2003; 122A:238. ③Arch Dis Child 1996; 75:451. ④Acta Paediatr 2008; 97:861. ⑤Genomics 2008; 91:485. ⑥Pediatrics 2012; 129:e756. ⑦J Pediatr 2013; 163:89.)
SIDSのリスク因子として、男の子や、家族の喫煙(赤ちゃんにとっては受動喫煙)がありますが、
こうしたセロトニンの異常といった背景もあいまって、よりSIDSのリスクが高まるんですね。
様々な遺伝子変異の報告はあるが・・・どこまでSIDSに寄与しているかは不明。
生まれつきの要因というと、遺伝子の変化などが思いつく方も多いと思います。
たしかに下記のように、心臓や筋肉、自律神経に関わる遺伝子の変化が、SIDSで亡くなった例で報告されています。
しかし、こうした遺伝子の異常だけが、はたしてどこまでSIDSのリスクになっているかは不明です。
たとえばSIDSの兄弟や、双子の研究がそれを物語っています。
これらが報告されています。
(①Arch Pediatr Adolesc Med 1999; 153:736. ②Arch Dis Child 2003; 88:27.)
つまり冒頭でも注意書きしたように、こうした遺伝子の変化があるからといって、即、SIDSになります!という単純なものではない、ということです。
遺伝子の変化にくわえて、それらが「特別な環境要因を相関することで(つまりうつぶせや、家族の喫煙などといった他のリスクが加わることで)」よりSIDSのリスクが高まるのでは、という見解です。
(①Pediatrics 2004; 114:e506. ②Arch Dis Child 2005; 90:48.)
一番多いのは、心臓に関わる遺伝子の変化
数々の遺伝子の変化が報告されている中で、
最も多いと思われるのは、心臓に関わる遺伝子です。
心臓の筋肉は、ナトリウムやカリウムといった電解質・イオンを調節することで機能しています。そうしたイオンの調整に関わる遺伝子の変化が複数報告されています。
また、心臓が脈を刻むには、心臓の上から下へ電気が順序よく流れることが大切ですが、そうした電気の流れに関わる遺伝子の変化も報告されています。
(①Circulation 2007; 115:368. ②Circulation 2007; 115:361. ③Circulation 2007; 116:2253. ④Pediatr Res 2008; 64:482. ⑤Heart Rhythm 2010; 7:771. ⑥Circ Cardiovasc Genet 2011; 4:510. ⑦J Am Coll Cardiol 2018; 71:1217.)
ただしこれらは、SIDS全体の5%も占めないのではないかと言われており、やはりこれらの遺伝子があるからといって、SIDSになる、という見方はできません。
免疫やストレスタンパク質に関わる、遺伝子の変化の報告も。
そのほか、たとえば感染や炎症が体の中でおきたときに、でてくる免疫の物質(IL-10)に関する遺伝子の変化もあります。
(①Hum Immunol 2000; 61:1270. ②Hum Immunol 2003; 64:1183. ③FEMS Immunol Med Microbiol 2004; 42:125.)
また細胞が熱などのストレスにさらされたときに、ストレスタンパク質がでてきて、細胞を保護してくれるのですが、そうしたストレスタンパク質に関わる遺伝子の変化も報告されています。
(①Arch Dis Child 1996; 75:451. ②Pediatr Res 2013; 74:380.)
補体といって、免疫に関わる物質そのものの変化も報告されています。(Eur J Pediatr 1999; 158:210.)
SIDSの環境要因のひとつとして、ウイルスなどの感染症も示されていますが、こうした要因もあいまって、感染がさらにSIDSのリスクを高めるのだと考えられます。
また精巣に特異的な遺伝子の変化も、大きな論文としては1つですが報告があります。(Proc Natl Acad Sci U S A 2004; 101:11689.)
SIDSのリスクとして男の子が挙げられているのは、冒頭のセロトニンの変化が男の子に多いという点にくわえて、こうしたリスクもあるからかもしれません。
いかがでしょうか。
かなり専門的な内容でしたが、深堀りしてみると、
SIDSが本当に一筋縄ではいかない症候群であることが、よくわかります。
ただし「うつぶせや添い寝、といった環境要因だけで、みんなが等しくSIDSのリスクにさらされる」というわけではなく、
「もともと何らかのこうした遺伝子異常などのリスクがあるお子さんが、さらにそういった環境要因に置かれた時に、よりSIDSのリスクが高くなるだろう」という捉え方ができると、漠然とした不安が少し和らぐ気もします。
おそれつづけるのではなく、正しく知って・正しく対策する。
少しでもおだやかにすごせる時間をつくるお手伝いができれば、幸いです。
(この記事は、2023年2月7日に改訂しました。)