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(感想)変わらない信念と変える行動
映画『侍タイムスリッパー』観賞。見逃したと思っていたのだが、日本アカデミー賞の7部門受賞によってだろう、再度、近くで上映されていた。ありがたく観に行った。
タイトルの通り、幕末の侍がタイムスリップするのだが、SF的要素はそこだけである。現代に来てしまった侍は、元の時代に戻ることはできない。物語としても、タイムスリップ後の侍の生きざまを描いている。生きる時代を超えさせることでより強く浮かび上がるテーマがあるため、タイムスリップしたという出来事は必要なのだ。
主人公は会津藩士の高坂新左衛門。長州藩士を討てとの密命を受け、相手と刀を交えた所に落雷がある。意識を取り戻した新左衛門は、江戸的な街並みの中で倒れていたのだが、そこは時代劇の撮影所。彼は140年の時をタイムスリップしていたのだ。撮影所からほど近い寺の住職に救われ、彼は寺に居候することになる。そこでテレビの時代劇を観た新左衛門は、そのドラマに感動する。撮影所で出会っていた助監督の優子に頼み込み、新左衛門は時代劇の「斬られ役」として生きていくことを決めるのだ。この後の彼の活躍が、意外な縁を結ぶ。
日本が、おいしい食物をあたりまえに食べられる幸福な国になっていることを新左衛門は喜ぶ。だが、やがて彼は、自分が守ろうとした江戸幕府が倒された際に、会津藩に多くの悲惨な死があったことを知る。彼は仲間の無念を思い、苦しむことになる。
何が何やら全くわからない世界に来てしまったとしても、新左衛門には変わらない信念がある。信念が自分を支えているから、どんな世界であっても生きていくことができる。だが、知らない世界で生きていくためには、その世界に合わせて変わることも必要である。その二つを同時に、タイムスリップという要素を用いることで描き出しているのがこの映画だ。
侍の生きざまを時代劇は描いてきた。時代劇が激減してしまっている現状を憂える思い、そして純粋な時代劇愛から『侍タイムスリッパー』が生まれたのだろう。新左衛門という一人の侍を描くと同時に、一人の侍を描く時代劇を作る人々の姿をも描きだす。その時代劇愛が、自主制作映画ながら時代劇のプロ達を集結させた。時代劇に関わり続けてきた人々の思いと確かな実力が、監督のみならず脚本、撮影、照明、編集他を手掛ける安田淳一を強力に支えている。
時代劇をあまり観たことのない筆者でも、刀を構え相手と対峙する、その間と緊張感にかっこよさを感じ、彼らの対決に見入った。それは確かに、時代劇でしか表現できないものであるのだろう。
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