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誰でもない人になる

今からずいぶん前のこと・・・

私は、心理学を学び
大きなチャンスをいただけて
偉大な教授のもとで学ぶことができた。

まだ、日本に「心理カウンセラー」という
言葉も仕事もない頃

教育界は、私を「心のアドバイザー」という肩書で
自分の専門である「児童心理」を活用できる
ポジションを与えてくださった。

でも、そのスタートは
非情なほどの重圧との戦いだった。

私が教育界で「カウンセラーと」して
第一線でクライエントさんと
向かい合うようになった頃

未熟であるにもかかわらず
当時は女性のカウンセラーがいなかったことで
注目も集め、各界で話題にもなっていた。

大きな肩書を与えられた世界の中で
最初から「先生、先生」と呼ばれ
どこでも「偉い人」のように扱われ

自分よりも経験も立場も
明らかに上である方々の相談に乗り続けた。
相手は、校長先生だったり経営者だったり・・・

自分が「先生」であるプレッシャーに
押しつぶされそうになっている時期があった。

いつか、自分の薄っぺらな学問上の知識が
役に立たなくて、周りの人にも
大したことないって思われるんじゃないかって
周りの評価も気になり

カウンセリングも有効に働かず
「カウンセラーとしてだめだ」と
言われる日が来るんじゃないかと。

自分の弱さ・力の無さ
無力感を感じて夜を過ごしても、
また次の日の朝は
立派な先生にならなくてはならない。

「苦しかった」のだけを覚えている。
カウンセラーとして職務を全うし
他の時間はすべて勉強に明け暮れていた。

当時を振り返ると
何を食べて、いつ眠っていたのか思い出せない。

ほとんど、記憶がない。
記憶のない日が続いていた。


そんな私を救ってくれる大きな出来事があった。

私の様子を見て
「狂ってる」と思った学生時代の友人が

自分の働いている喫茶店で
「人がいないので手伝ってくれないか?」と
声をかけてくれた。

私は内心「そんな時間はない!!」と
思っていたけれど

友人の困っている様子と友人の押しに負けて
人のいない時間だけお手伝いなら・・・と了承した。

働いてみたら・・・

喫茶店で一緒に働く人たちに
「さやかちゃん」と呼ばれた。

お客さんからは「お姉ちゃん」と言われた。

そこにいる私は「先生」ではなかった。

こんな感覚・・・
肩の力が抜けていった。

不思議と笑顔になり
プレッシャーと心が解けていくことを
感じたことを覚えている。

なんだか「誰でもない自分」が本当に楽だった。

喫茶店で働いている時
ただ、コーヒーを出しただけなのに
お客さんに「ありがとう」って言われた。

気が利くことをちょっとしただけで
すごく感謝された。

当時は、カウンセリングをしていると
クライエントさんは難しいケースが多く
とても悪い状態で相談にお見えになるので

「結果が出ないこと」が当たり前のように
時間が流れていて
「ありがとう」なんて言われることはめったにない。

当時の私はクライエントさんに
光を見出してもらうことも
なかなかできなくて
聴くことしかできない
自分の力の無さに気持ちが落ち込んでいた。

カウンセリングで誠心誠意向かい合い
疲労困憊しても、誰も御礼なんて言ってくれないのに

ここでただ、コーヒー出しただけで
「ありがとう」って言われる。

どんどん、枯れていた心に
砂漠のような心に
お水が吸収されていくような気持だった。
心が満たされていくことを感じた。

当時、同期でカウンセラーをやっていて
ほぼ年齢も同じで
同等のポジションで働く
優秀な男性のカウンセラーがいた。

彼も若くて、彼の周りは心理学の世界で
キャリアのある有名な先生ばかりで
そこに加えて働きながら
論文を書くことにも追われていた。

彼も自分のことを
「自分は立派な人間ではないのに
『先生』と呼ばれることや
すごいレベルの人の中にいるのが苦しい」
と言っていた

彼に「私、喫茶店で働いたら楽になった!」
と伝えたら

その後、彼は、本当に有名な先生なのに

週末の時間だけ
パン工場でケーキや和菓子を製造する
工場のラインの中で
ゼッケンをつけて仕事をする中に入ってみたと話していた。

有名な先生である彼は、
ゼッケン番号「〇〇番」という名前になって
工場の中で働いていた。

「のろいぞ、〇〇番!!」
「何やってんだ〇〇番!」って叱られたって(笑)

工場の人と時間を過ごして
普通の人として扱われて笑って過ごせたって。

でも、その時間の中で
とても、とても心が整理されたって。
やっぱり、すごく良かったって。

誰でもない自分になれる時間、
先生じゃない時間に自分を取り戻せるって。

私と同じだった。
私も彼も、一番苦しい時期をそうやって
「違う自分になる」ことで
周りの方に癒しを与えてもらっていった。

当時、私の「肩書」だけはすごかったので
カウンセラーの仕事の時は、
お迎えの車がその日の訪問先まで
私を運んでくださるような働き方をしていたのに、

空いた時間に働く喫茶店は
マウンテンバイクで通った

別人になれていた。

私は、数年間、空いた時間があれば
その喫茶店でお手伝いをし
カウンセラーとしての修行と
キャリアを積み上げていく時間を
間接的に支えていただいたと思っている。

「バイトのさやかちゃん」は
お店の人に優しくされ
店長はいつもおいしい
「まかない」を食べさせてくれて

「喫茶店のお姉ちゃん」は、
いつもお客さんに大切にしてもらった。

喫茶店で、愛情袋を満たし
心の充電を満タンにしてもらえたから
また「心理カウンセラーの先生」になれた。

今、振り返ると、その自分があったから
自分を保てたように思う。

立派な先生だと思われ続けて苦しくなって、
自分を見失いそうになっていた心に

ただそこにいるだけで「ありがとう」って
言われる自分の居場所を作ってもらえて助けられた。

私を喫茶店に誘ってくれた友人は
当時の私が壊れそうなことを
ちゃんと理解しててくれて

でも「一緒に遊ぼう」とか
「体に気をつけろ」って言っても
止まるはずないってわかっていたから

「喫茶店を手伝ってほしい」
「人がいなくて困っている」って言ったら
その目の前の山積みのぶ厚い「心理学」の本から
目を離してくれるかって思ったって・・・。
何年も経って打ち明けられた。

自分が、人手不足の喫茶店を
助けているつもりが
私のすさんだ心なんて
全てお見通しだった友人の力で
温かい人たちに家族のように支えられ、
カウンセラーであり続けることができた。

今、世の中には自分で作り上げた
地位や名誉や立場、ポジションにおける
立ち位置や役割に
押しつぶされそうになっている人が
たくさんいる。

プレッシャーや見えない敵と戦うこと
世間からの評価を気にし続けること
本当に心が疲弊する。

私もそうだった。

そんなとき
「戦う」ことも「逃げる」ことも
選択の一つだが
どちらもできないときがある。

その時は、
その場所から少しの時間でいいから
離れてみる。

離れるは「時間的」「距離的」
どちらでもいい。

自分を知らない人のところへ行く。
そして、誰でもない自分になることって
とても大切だと思う。

また、自分の周りの大切な人が
プレッシャーに押しつぶされそうになっていたら
私の友人が誘ってくれたように
(人手がないから喫茶店手伝って!!)

強引でもいいから
その場所から離れさせてあげてほしい。

あの時間がなかったら
私はプレッシャーと
自分自身の無力さに押しつぶされて
今、カウンセラーとして歩む人生を
継続できていなかったように思う。

どんな道を選ぶかではなく
選んだ道でどれだけやるか

この文章を書きながら思う
私の信条を守り通させてくれた
すべての人に感謝です。

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