『僕は小説が書けない』小説の書き方に正解はあるか。
実は読む機会を失って、部屋の片隅に置いたままになっていた小説のひとつがこれ。
『僕は小説が書けない』(中村 航/中田 永一著)
この本が小説指南書との評は全くその通りだ。「書く」ことに人生をかける原田と御大。二人が対立する、「書くことに必要なのはロジック(理論)か感性か」という問題はモノを書く人間にとっては大なり小なり抱えている、永遠の課題ではないかと思う。小説においては特に。気持ちのままに己の中に抱える衝動を創作にぶつける夜もあれば、それこそ指南書とにらめっこしながらプロットを練る朝もある。まあ、私の場合は難しいことは苦手なので、感情的になる方が筆が乗るのだけれど、もちろん理論や技術を身に着けるための努力が必要なことも知っている。(それができるかどうかは、また別問題だが)
このテーマで文豪と呼ばれる作家が小説を書いたとしたら、とてつもなく哲学的になるか、深みにはまって絶望的になるかのどちらかのような気がする。ただ、本作はカテゴリーとしてはあくまでも青春小説だ。小説を書くのは初心者という主人公の目を通して、高校生らしい恋愛と文芸部としての部活動が語られているため、全体的には軽く読めるつくりになっている。読了後は書くことに対して「私のレベルなら、そこまで気構え無くてもいいか」と気持ちが明るくなった。
物語としてはそこまでの目新しさや奥深さは感じなかった。主人公の不幸を招き寄せる体質という設定にあまり意義を見出せなかったし、両親との関係も出生のエピソードのわりにあっさりと片付けられているように思う。この作品は作者二人が交互に書いたという意欲作であること、そしてやはり「書くということ」に焦点を当てたことに意味がある。私もこんな風に何でもない感想を垂れ流すだけではなくて、いつかは「書ける」人間になれれば良いなと素直に思えた。
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