
ネオ中年と 家事の強迫観念
昔からサボることは許されなかった。兄や弟が楽しそうにTVを観てる間に、母と二人で台所に立つ。男は外で働いているのだから、女が家のことをする。女は寛がない。田舎育ちのわたしには、それが染み付いている。
それは、就職した後も続いた。そして、ふと疑問に思う。フルタイムで働いてクタクタになっているのは兄や弟と同じなのに、どうして「女だから」という理由で洗濯、掃除、洗い物、料理を引き受けて当然なのだろう。母は、「やらなくていいよ」と言ってくれたけど、母もパートで働いているのは同じ。一人に家事を押し付けるのはおかしい。だから、必然的に手伝っていた。
現在は自分の家庭を持ち、田舎を離れ東京で暮らしている。義姉がわたしの代わりとなり、母といっしょに実家の家事を担ってくれているのだけど、同じ田舎育ちだから、「女が家事をして当然」というのもがある。いいや、「男どもに家事はできないだろう」と諦めているのかもしれない。
それが今年の春、大きな変化があった。父が病で倒れ、入院し、手術。退院したものの、母は父の病院の付き添いで忙しくなってしまったのだ。義姉も仕事と子育てに忙しい。
母と義姉の忙しい様子を目の当たりにしたことで、兄や弟が初めて家事をするようになった。相変わらず一切の料理はできないが、車で買い物へ行き、食材を買う。お風呂掃除と洗濯物を干すのはできるようになったらしい。らしいというのは、直接目にしていないから。わたしは45年間生きてきて、一度も兄や弟が家事をしている姿を見たことがなかったから今でも信じられない。兄や弟が家事をしている姿が。
そんなふうに育ってきたし、夫も同じ田舎町出身なので、メインの家事はわたしがしている。
先日、本田すのうさんの「わたしも家事が好きになる」コンテストが開かれた。わたしは心の隅に、家事の恨みがあったのだろう。なぜ、わたしばかりが家事をするのかと。家事を好きになれない気持ちを見透かされてしまったエッセイは、当然のごとく落ちた。
受賞された方々の作品を読んでいくうちに、思わぬ発見があった。noteで、キャベツピーラーが紹介されていたのだけど、わたしはそれがいいと思っても なぜか購入できずにいた。なぜなんだろうと振り返ると「自分がラクをするための道具」を買うことに抵抗があったのだ。
頭の中で声がする。「お前がラクをするための道具を買うことは許さない」そういえば長年、洗濯機付き乾燥機が欲しいと思っても買えずにいる。調理家電の「ヘルシオ」や「ホットクック」が欲しいと思っても、そんな高価なものは買えない。贅沢なんじゃないか。自分がラクをするために生きてこなかったから、なぜか抵抗がある。その生き方を選んでいいのかさえわからない。
春から仕事を辞めて無職だ。娘の送迎や病院の付き添いに加え、自身の病院通い。いろんな理由が重なり働けなくなってしまった。その働けないことにも負い目がある。社会人になってから、当然の如く「仕事」と「家事」の両方をしてきたのだから、そのリズムが崩れ、自分が働いていない時間というのは妙にソワソワする。
けれど強制的に働けない状態になり、手術の傷で家事ができない状態になり、初めて安らぎというものを覚えた。「ああ、わたしも休んで良かったのか」と。学校に通えなくなった娘を適応指導教室に送りにいく。保護者待機室で娘を待っている間は、まるまる自分のための時間だ。壁一面が窓になっていて、隣接している公園の木々の葉が風でゆらめく。それを眺めているときに、「ああ、しあわせだな」と思う。
もしかしたらずっと休みたかったのかもしれない。世間的には、わたしの状態は不幸に見える。子どもが不登校になったこと。通院が続いていること。まわりは腫れ物に触るような感じで接するのに、わたしの心は安らかな凪だ。
兄や弟が中年になってから初めて家事を覚えたように、わたしは中年になってから初めて休むことを覚えた。身体を休めて、元気になったらまた働けばいい。
遠方に住んでいる夫にLINEをする。「キャベツピーラーを買いたいのだけど、いい?」「いいよ、いいよ、買ってー」と返事が来たので、Amazonでポチっとクリックした。
ポークソテーの付け合わせに山盛りキャベツ。キャベツには少し塩をふると美味しくなる。こんな時間がわたしには必要だったのかのしれない。「お前がラクをするのは許さない」そう呟く頭の中の声は、いつの間にか響かなくなっていた。
いいなと思ったら応援しよう!
