二気筒と眠る 10
左手には常に日向灘がある。
黒潮のうねりを眺めながら、湾岸線を下っていった。
潮風が強いのだろう、ガードレールに絶えず赤錆が浮いていた。そして椰子の並木が当然のように並んでいた。
ああ、南国に来ているな。
この秋旅のヘルメットはジェットタイプを選んでいるので、肌が潮っぽい。ドライブエリアに着くと汗を拭って、紫外線対策のファンデだけを直しておいた。
日南海岸の先端に都井岬という半島がある。
狸の尻尾のように、ぴょこんと突き出している。
そこで野営をするつもりで、準備を重ねていた。
県道36号線をゆくと料金所があった。
駒留という場所で、そこから御﨑馬という、日本在来馬の保護地域だという。その協力金としてのワンコインだった。
細い一本道の両側には植林された杉が居並び、鋭角に青空をきりとっていた。それを抜けるといきなり視界がひろがって、蘇鉄の混じる草原の中を道路が蛇行していた。
つづらおりの道を縫って駆けていると、焦茶色の巨体が道路を塞いでいた。大きな尾を左右に振って。そして彼は首をもたげてこちらを一瞥しては、大きな咀嚼音を立てて一心に草を食んでいる。
遠目には綺麗に刈り込んだ、に見える草原が見えた。その稜線には鹿毛の野生馬が列を成して、丁寧に刈り込み作業中だ。
停車したCBのエンジンの鼓動だけが、太腿に伝わってきている。
ふいに彼は、馬首を返して斜面を器用に滑っていく。道を譲って貰ったのかもしれない。
岬の突端にユースホステルがあり、その隣にテントを張らせて貰った。
嬉しいことに、施設のシャワーもトイレも使っていいと管理人さんが言ってくれたので、お言葉に甘えた。
汗を流して屋外に出ると、若者が星空の下で缶ビールで祝杯をあげていた。それぞれが夏の名残り旅を楽しんでいる様子だった。
「馬って大きかってさ、怖かったんやけど、優しい眼しとんさね」
お隣に肩を出した、生成りのトップスの女子が座ってきた。
厚手のジーンズを履いているので、警戒感はそれなりにあるのかもしれないけど。私もいれて女3で男が6、肩身が狭いな。
そうね、と相槌だけを打った。
ちょっと面倒だと思って、その場を離れて岬の方へ歩いていく。
尻ポケットから陶器製のオカリナを取り出して、唇を当てた。観光農園で一緒に働いた、小菅くんからの餞別だった。
彼のレッスンで一曲だけは、まともに奏でられる。
荒城の月。
重い海嘯が、岬の両側から響いてくる。
暗がりに、物悲しい音律が揺れている。
中天には十六夜の月が紅く滲んでいる。