二気筒と眠る 12
小京都と呼ばれる町がある。
日本の各地に点在している。
その一句をガイドブックで発見すると、その語句に吸い込まれるように訪れてしまう。
津和野という山間の街がある。
大きく蛇行した津和野川に囲まれた狭い平地に、南北に殿町通りが貫いている。その景観が江戸時代からの面影があるという。
そして日本五大稲荷神社のひとつがあるという。
私は空冷CBの馬首を引き絞って、山陰を走った。
もうひとつの意趣がこの土地にはあった。
新山口駅から蒸気機関車D51型が走っていた。
蒸気機関車に乗った記憶はないけれど。
少女の頃に「銀河鉄道999」を父と劇場映画を見てから、鋳鉄の塊に格別の想いがある。あるいはそれが原体験みたいになっているのかも。
ああ、この列車で津和野を訪れるのもいいかもしれない。
左手に線路が続く。
森林の狭間や橋を渡る瞬間にその線路が顔を出している。
この地方は屋根に赤い石州瓦を使っていて。
それが金属葺きでも同じ色で塗っていて統一感がある。そんなのどかな田園風景の道を上っていく。
チケットは新山口駅で予約購入していた。
国道9号線を伝って。目指しているのは長門峡駅になる。そこが丁度、路線の中間点でもあり、その駐車場にCBを停めていても迷惑にはならないだろう。嫉妬でもしてエンジンが拗ねたら、困っちゃうな。
無人駅に予定よりも早めについて、水筒のお茶を飲んでいた。
秋が深まりつつある。
先月は夏を追いかけていくように、南下していた。
今月は秋を追いかけて北上していくので、気温の低下に加速度がついていた。
秋が一番好き。
そして日々、冷気が肌に刺さるような早朝が一番好き。
日差しの差す無人駅のホームに立っていた。
本当にここに来てくれるのか。不安でしょうがない。
時計を何度も確認するし動悸が煩くてしょうがない。
やがて空気が震える音が響いてくる。
汽笛だ。汽笛の音がする。
線路からの震動がホームにまで伝わるよう。
黒くて、重いもの。
それが漆黒の煙を吐いて。
森の影から顔を出して、予想外の速さで近づいてくる。
どきどきする。
CBを駆っての3ヶ月もの旅。
初めて別の乗り物に乗るという体験。
ホームで待っている私だけのためにやってくる。
黒くて、重いもの。
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