二気筒と眠る 14
朧月が、ぽっかりと浮かんでいた。
美味しそうな蒸しパンの色味だわ。
もう風は冷たくて、指先が縺れるくらい。
まだ息は白くはならないけど、首筋をすくめて歩いていた。
晩秋の月下に、錦帯橋が身をよじるように跳ねていた。
まるで竜が横たわっているかのようだ。
日中も渡ってみたけれど、夜のライトアップされた姿もいい。夜間でも料金箱に渡り賃を入れると渡れるけど。かなりの急斜面の連続で、足元が不安なのでやめておいた。
あれって。
江戸のご婦人は渡れたのかな。
小袖の裾が乱れて、それどころではないかも。
でも私だって女子高の頃、制服のスカートを短く折り込んで階段を使っていたけど、同じ感覚なんだろうか。
この数日は街中に寝泊まりしている。
津和野で知り合った桐乃お婆の、娘さんの嫁ぎ先に宿泊していた。娘さんが女将として切り盛りしている割烹旅館だけど、女将のお嬢さんが語学留学中で、その願掛けに桐乃お婆は来ていた。
女将さんは母親と同世代に見える。
お婆は、私にお孫さんの面影を見たのかもしれない。
宿泊代は要らないと女将は言ってくれたが、中居さんの真似事をして手伝っていた。割烹着の彼女が厨房で振るう包丁捌きは、見惚れるくらいに男前だった。
中居として忙しいのは午前中と夕飯時で、月が中天にあがる夜更になれば、散歩が出来るほどに落ち着いてくる。
山陰道を使っていたけど、やはり秋寒で野営が厳しくて、山陽道へと経路を迷っていた。その折に、どうしても泊まって欲しい、とお婆が予約の電話を入れてくれたので、渡りに船でもあった。
空冷CBはショップにメンテに出していた。
この数日を利用して、オイル交換とクラッチ交換をお願いしていた。心配していたが、まだ新品部品が出てくれたので、ほっとした。この旅で消耗してきたらしく、ギアが滑ってきていた。完調すれば、高速だって利用できるかもしれない。それでも急ぐ旅ではない。
CBの馬首が西を向いている。
その事を彼には伝えていない。
PHSに連絡も留守メッセージも来なくなって。
彼とはこのまま自然消滅してしまうのがいい。縋るような目をもう見たくはない。敢えて私が置いた、距離と時間の狭間の意味を、理解して欲しい。
ぴしゃりと、昏い水面で何かが跳ねた。
落ち鮎かもしれない。丁度、先刻の賄いで頂いたばかり。
故郷で産卵するために錦川を遡上してきたのに、その縁を切ってしまったな。
遠く故郷を見据えながら、遡上してゆくのは私も同じ。
縁切りを願ってるのは相違点なんだけど。