見出し画像

2-6. サウジが雇用対策としてやるべきこと

【3行まとめ】
・石油価格が下落し、サウジ経済が悪化している。政府が取り組むべきことは、国民へのバラマキや、海外企業へのサウジ人採用の義務付けではない。教育の立て直しや、女性の活躍のための環境整備が不可欠である。

 石油価格が下落し、サウジ経済が悪化しつつあります。経済が悪化し、失業が増えれば、人々の不満が溜まり、反政府的な運動への萌芽となりかねません。

 サウジ政府の最重点目標は、サウード家による絶対王制の存続であり、そのためにも失業対策が急務です。

 失業対策には、労働者側の支援と、企業側の支援があります。まず、労働者への支援から見ていきましょう。こちらの方が、より国民の生活に直接関わってくるので重要です。

 2011年に国王の肝いりで始まったのが、HAFIZ(ハフィーズ)という失業手当です。失業しているサウジ人は、政府に申請さえすれば、月2000リアル(約6万円)を、1年間手にすることができます。

 月2000リアルというのは、どのくらいの水準なのでしょうか。月2000リアルあれば、家賃を払わずに、親族の家に居候をしていれば、ほとんど苦労することなく生活できてしまう水準です。

 したがって、多くのサウジ国民は、失業手当をもらっても、真面目に就職活動をすることはありませんでした。本来、失業手当は、再就職をするための資金であったのですが、その機能を果たさなかったのです。

 これまでの失業手当の総受給者280万人のうち、再就職できたのはわずか50万人にとどまっています。

 現在、政府は、就労意欲のない受給者を面接によって洗い出し、失業給付の支給を打ち切ることを検討しています。

 これは、国民の反発を招きかねませんが、就労意欲の高い受給者に優先的に支援を行うことを目的としています。

 しかしながら、政府が失業手当の受給者に連絡を取ろうとしても、約半数の受給者には連絡が取れない状況が続いているので、改革は前途多難です。

 裏を返せば、受給者の、就職のやる気があるのかどうかも確かめられないくらい適当にお金をバラまいていたのです。

・企業へのアメとムチ
 次に、企業側への失業対策を見てみましょう。企業側へは、アメとムチの使い分けで、さまざまな政策を行っています。

 まず、アメについては、新しくサウジ人を雇用すると、その給料への補助金として、新規雇用一人あたり月2000リアル(6万円)が、2年間支給されます。

 しかし、企業は新規雇用したサウジ人を2年間を超えて雇用したくはありません。

 なぜなら、補助金がもらえなくなってしまうからです。そこで、何か理由をつけてサウジ人を解雇し、新たなサウジ人を雇い変えているのが現状です。

 補助金が新規雇用には結びつかず、企業が補助金を奪い合うゲームが続いているだけなのです。

 次に、ムチについては、企業で働くサウジ人の割合が一定を下回ると、外国人労働者に対する、新規ビザ発給の停止など様々な罰則を企業に与えます。

 例えば、日本企業が、日本人ばかり雇っていて、サウジ人を雇っていないと、日本人労働者に対するサウジへのビザの発給を停止するのです。

 こうした政策は、サウダイゼーション(saudization:サウジ人化するという造語)と言われ、海外企業の頭痛のタネとなっています。

 こうした政策が存在することからわかるように、企業は、賃金が高くて働く意欲の低いサウジ人を雇うことを敬遠しています。

 その代わりに、賃金が低くて就労意欲が高い外国人労働者を優先して雇っているのです。

 現に、サウジにおける外国人労働者の失業率はわずか3〜6%に留まり、ほぼ完全雇用の水準を達成しています。

 働く意欲のなくて給与の高い人材を、企業に雇えというのも無理な相談です。

・官民連携による職業教育
 政府による失業対策のうち、比較的成功をしているのは、企業と大学との連携による職業教育です。

 企業は、義務教育を修了したサウジ人学生を一括して採用し、2年間給与を支払いながら、その企業の業務の研修を行います。

 日本の高専のような専門教育の仕組みに、防衛大学校のような給与システムを組み合わせた仕組みと言えるでしょう。

 実際の業務に直結するような研修を行いつつ、学生への給与も支払うシステムです。

 全体として、サウジ人の学習意欲は低く、2年間の課程を終えて修了できる学生の割合はあまり高くないのが現状です。

 しかし、企業側にとっては、やる気のない学生をふるいに落とすことができるというメリットがあります。

 さらに、研修中の学生も、サウダイゼーションのサウジ人枠としてカウントできるというメリットがあります。仮採用の安い給与で、サウジ人の頭数を稼ぐことができるというメリットがあるのです。

・さらなる雇用対策に向けて
 失業問題を解決するために特効薬はなく、ボトルネックとなる課題に正面から立ち向かっていくより他に手段はないでしょう。

 すなわち、初等中等教育の立て直しと、女性の就労を妨げる要因の除去に取り組むことが喫緊の課題といえます。

・教育の立て直し
 初等中等教育の立て直しについては、まず教師の質の改善が重要になります。

 教育省の発表によると、全国の教員への試験の結果、現役の教師のうち、約3割程度が、中学生レベルの理数系の科目を教える水準に達してないとのことです。

 中学校の数学を教えられない教師が、数学を教えられるはずがありません。

 こうした教員への再教育を実施するか、あるいは外国人の優秀な教師の登用が急務です。

 さらに、全国で統一した学習指導要領の作成が必要です。現在、教育カリキュラムは、学校や教師ごとにばらつきがあり、全国で統一された基準が存在していません。

 体育の授業は、教師が教え方がわからず、なんとなくサッカーボールを与えて、なんとなくサッカーをやって、おわりとなるケースもあるようです。

 最近、サウジアラビアのテレビ番組で、「日本式の教育」を紹介した事例が反響となりました。「日本式の教育」と言っても、サウジで導入されたのは日々の教室掃除です。

 あるサウジ人の教師が日本を往訪した際に、日本の生徒が自ら教室掃除を行っていることを知りました。

 サウジ人教師はそれを素晴らしい取組みだと思って、サウジのある学校で、教室掃除を実践をしてみました。

 当初は、生徒に掃除をさせることによって、保護者の苦情が出るのではないかと危惧もありましたが、結果として、生徒の日々の生活態度が大きく改善したため、保護者から大好評だったようです。

 何でも日本式を取り入れる必要はないと思いますが、このように、海外の成功例を教育現場に取り入れる素地はあると思いますので、学習指導要領の早期の整備が望まれます。

 こうした初等中等教育の立て直しは、失業対策に成果が結びつくまで、長い時間を要するでしょうが、長いようで最短の道のりだと言えるでしょう。

 企業が、サウジ人をぜひ雇いたいと思えるような人材を育てていくことが、根本の失業対策です。

・女性が活躍できる環境の整備
 次に、女性の活用については、女性の社会進出を阻んでいる要因を一つずつ取り除いていくことが重要です。

 まず、厳格な男女の分離について、徐々に改革をしていくことが必要です。男女のフロアを別々に分けたり、男女のエレベーターを分けたり、男女の入口を分けたりするのは、企業が女性を雇用する上で、大きな障害となります。

 企業にとっては、こうした女性の雇用に対する追加的なコストを支払うよりも、男性を雇ってしまう方がコストがかからないからです。

 この点については、女性側があまり見知らぬ男性と近づきたくないという傾向もあるようですから、慎重に進める必要があるかもしれません。

 とはいえ、職場にパーティションをたてて、男女の職場を物理的に区切るというのは行き過ぎであり、仕事をする上で非効率ですので、例えば配席をある程度分けるなど、ゆるやかな分離に少しずつ移行していくことが必要です。

 しばらくは、男女の分離が続いていくことは文化的に避けられないでしょうが、少なくとも、企業が男女の分離のために追加的に負担する設備コストは、補助金で賄われるべきでしょう。

 男女の分離というルールを、社会として残していくのであれば、その負担は社会全体で分かち合うべきです。

・優秀なサウジ人女性たち
 サウジの女性は、学習意欲が高く、真面目で、経済成長を実現するための即効薬になりうる存在だと思います。サウジの女性が、いかに男性より真面目かというエピソードをひとつ紹介したいと思います。
 
 サウジ政府で勤務していた際に、ハローワークの担当者に、失業手当のプログラムを説明しに行く機会がありました。説明会では、前列の方にサウジ人男性が陣取り、後列にサウジ人女性が座っていました。

 肩身の狭い女性たちは、説明会の内容に興味があっても、男性に遠慮して前には決して座れないのです。

写真は、失業手当の新たな業務に関する説明会の様子。男性は前に座り、女性は遠慮がちに後ろに座る。

 失業手当の給付に関する業務の改善に関する説明会だったのですが、サウジ人男性は、説明の最中に、「こんなことはいままでやったことがない。どうせ無理だ。うまくいかない。」と、新たな業務に文句ばかり言っていました。

 その一方で、サウジ人の女性は、新しい業務をスムーズに導入するための提案を色々としてくれて、とても意欲的でした。

 説明会が終わるやいなや、男性たちはコーヒーを飲みに退出していったのですが、女性たちは会場に残って熱心に質問を続けていたのです。

 こうしたエピソードの他にも、工場で勤務する男性より女性の方が欠陥率が低いなど、女性の方が勤務態度が優れているというようなエピソードは、現地で多く耳にしました。

 サウジの女性の労働参加率はわずか22%であり、女性失業率は30%以上に及ぶとされています。

 こうした有能な人材を家庭に閉じ込めておくのは、サウジの大きな社会的損失です。有能な女性を雇用すれば、失業率も改善し、サウジの経済も活発になるでしょう。

 幸い、現在の政府は、女性の運転免許を解禁するなど、女性の活用に非常に前向きですので、さらなる根本的な改革が望まれます。

 いま、サウジ政府がやるべきことは、サウジ人に失業手当をばらまいたり、企業にサウジ人の採用を無理やり義務付けたりすることではありません。

 サウジの教育を立て直し、女性の活躍に向けた環境整備に取り組むなど、根本的な解決を行うことが、遠回りのようで近道なのです。

↓次はこちら

これまでの連載の目次 → https://goo.gl/pBiqQw 
ツイッターはこちら  → https://goo.gl/3tGJox
その他のお問合せ先  → https://goo.gl/Ei4UKQ