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分からないまま書き始めるしかない

今日も書きたいことが定まらず、noteを書くのにとても手間取ってしまった。

書きたいことはあるのに、それがあり過ぎて書けないというのはなんとももどかしい。

※「あり過ぎて書けない」については以下のエントリーを


今日思ったのは、書けないのは、書きたいことがあり過ぎてるからだけでなく、書きたいのだけど「それをどう書いていいか分からない」ということも多い。

きっとそういう場合は、「分からないまま書き始めるしかない」のだと思う。

おそらく「書いてみないと分からないこと」というのが世の中にはあって、僕はそういうものを書きたいと思うことが多いんだ。

そういうものは「分かってから書く」ことは出来ないので、どうしたって「分からないまま書き始める」しかないんだけど、分からないまま書き始めるってなかなか難しい。

書けるか分からないものを書き始めることに躊躇する自分がいる。これもきっと僕の書けなさの要因の一つ。

やっぱりブログを投稿したいと思うし、読んで欲しいと思うと「書けるという確信があるもの」を書きたい。これは効率性を優先してる考えだろうか。つまり書いたことを無駄にしたくない、という。

でも今回チャレンジしてる「ブログ日課化チャレンジ」は、ブログを日課にするために、自然に出てくる言葉をそのまま書いていく練習としてやってるのだから、どんなことを書いてもいいし、どんなこと投稿してもいいし、とにかく自分が満足のいくもの、それは自分にとって素直な言葉がそこに綴られていれば合格ってことでやっていけばいいんだよな。

※先週からブログ日課化チャレンジを試みています


つい、そのことを忘れてしまう。

このブログ日課化チャレンジは、そういう自分の中にある効率性や目的性によって無意識に自分にかけているブレーキに気づくためのチャレンジのようです。

ここまで書いてみて、今日全然素直じゃないなぁって感じが!(汗)

いや違うか、なんだろう、書いても書いてもなんとなくうっすらと感じるモヤモヤが消えていかない。

まだ書けてない言葉にしてないモヤモヤがあるから「素直じゃない」って言葉ができたのか。

まだ書きたいことが書けてない!

そりゃそうだ!

最初に「書きたいことがあり過ぎて」って書いてるくらいだから、そしてその具体的な書きたいことは書いてないんだから、この内容で書きたいことが書けてるはずがない!

というわけで、自分が書きたいことをとりあえず箇条書きで書いてみたいと思います!

・1歳の娘のご飯の食べ方を見ながら嫌いなものを避けて好きなものだけ選んでいく生き方について考えてみた話し。

・仕事で打ち合わせした「都市森林」のある暮らし、街の中にある木を僕らはどれだけ心でその存在を感じているか、木を一つひとつを知って感じて暮らしていくことの豊かさを思うと、街に暮らす人々を一人ひとりその存在を感じて生きていくことも同じように人生の豊かさになるのでは?という話し。

・自分の仕事をどうしていきたいか、浮かんでいるアイデアをより具体的にするためと、自分がそのアイデアにどんな想いを持っているか知るために書いてみたいという話し。

・友人が来年の4月に自宅を解放する芸術祭に、自分の描いている絵で出展するということと、その友人が生活の一部として芸術祭をやっていることのそこにある想いや考えにとても心動くものがあったという話し。

・傾聴講師と名乗っているけども、実は「傾聴」という言葉を使うことに違和感や不自由感があるという話し。

・自分が2009年頃からやってきた対話や「人の話しを聞く」ということについて、思いっきり振り返ってみたいという話し。

・身体への感覚の向け方と、対話や聞くということの関係性について

・自分が居心地良く感じて依存しているかもしれない「自分らしさ」という思考的世界とその外について

まだまだあるけど、このくらいにしておこう。

書きたいことが書けてちょっとスッキリしました!!

ときどき(もしくは毎日)こういう風に書きたいことの列挙をしてみるのもいいかもしれない。

一つのブログに一つのことを書こうと思ってたことも自分にとってのブレーキだったかも。

連想ゲームのように、支離滅裂に思い付いたままに書いてみるのも面白そうです。

まとまりがあるように考えて考えて書く方が、実は深いところではものすごくバラバラになっていることもありそう。

そういうのって、読んでいる人はなんとなく分かったりしますよね。「なんかよく分からないなぁ」って。みんな読んでるときって、無意識に言葉の奥に通じてるもの、この人の言いたいこと、伝えたいことを感じようとしてるんだろうなぁ。そういうのって練習なんかしなくてもみんな持ってる。ただそれを自覚的かどうかや、感度の高さみたいなものは様々だし、具体的に違和感の理由を説明出来る人は多くはないかも。

後半は流れるように自然に書けました。前半はちょっと今回は思考が強過ぎたかもしれません。どう書いていいか分からないまま書き始めたのでそれはしょうがないか。

編集したい気持ちもあるけど、自分の葛藤のプロセスとして、このまま残しておこうと思います。

紆余曲折しましたが、思わぬ発見があって良かったです。分からないまま書くことの面白さはこの「発見」ですね。書いてみて良かった。

今日も(読みにくい文章を)最後まで読んでくれて本当にありがとうございました。感謝です。

ブログ日課化チャレンジ、引き続きがんばります^ ^

さとし

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