読書の習慣と二十歳の頃
以前に、読書の習慣の始まりについて書いた。
高校二年生。16歳の時に、本を読むという行為がしっかりと生活の一部に組み込まれたのである。
読書好きな人は、小学生、遅くとも中学生くらいで読書にハマっているので、高校生で読書の習慣が身に付いた自分としては、かなり遅めである。もっと早く、本の世界を知っていれば良かったのに、という思いもある。
ただ、それまでは、音楽や映画に興味を持っていたので、まぁ、それなりに充実した日々を送っていたのではあるが。というか、小学校、中学校は運動部だったから忙しいし、疲れているし、という状態だったな。だから、基本的に受動的な音楽や映画に関心が向いていたのかもしれないが。
とは言っても音楽に関して言えば、ギターとかを弾いていたから、能動的でもあったわけでもある。読書はしていなかったけれど、音楽雑誌とかはよく読んでいたような気もする。
話を読書についてに戻す。
星新一(ほし・しんいち、1926年~1997年)のショートショートや、原田宗典(はらだ・むねのり、1959年~)のエッセイなどで、読書にハマる。
辻仁成(つじ・ひとなり、1959年~)、村上龍(むらかみ・りゅう、1952年~)、群ようこ(むれ・ようこ、1954年~)、山田詠美(やまだ・えいみ、1959年~)のエッセイや小説も読むようになる。
太宰治(だざい・おさむ、1909年~1948年)や、三島由紀夫(みしま・ゆきお、1925年~1970年)の作品も少しだけ触れたような記憶も。
高校を卒業してからも、読書の習慣は続いていく。
もともと音楽好きだったので、ブルーハーツのギタリスト・真島昌利(ましま・まさとし、1962年~)が影響を受けたという中原中也(なかはら・ちゅうや、1907年~1937年)の詩集や関連した評論なども読み始める。他に、ジャック・ケルアック(Jack Kerouac、1922年~1969年)や、アレン・ギンズバーグ(Irwin Allen Ginsberg、1926年~1997年)などのビート・ジェネレーションの書籍とかも。
ミュージシャンって、読書家も多いんだよな。そもそも作詞もしているから当然と言えば当然なんだけれど。
ハイ・スタンダードのギタリストの横山健(よこやま・けん、1969年~)も、真島昌利に憧れて中原中也とかビート・ジェネレーションの本を読んだというのを知って驚いたこともある。他にも、星新一が好きという発言もあって衝撃を受けた。
というか横山健の文才は異常なレベル。ネット上に公開されているエッセイなどを見る限り、その文章力は音楽関係者の中で群を抜いていると思う。
エレファントカシマシの宮本浩次(みやもと・ひろじ、1966年~)は、森鴎外や永井荷風が好きだというのは、結構有名な話で歌詞にも登場しているし。
バックホーンのギタリスト・菅波栄純(すがなみ・えいじゅん、1979年~)は、藤原新也(ふじわら・しんや、1944年~)を、ベーシスト・岡峰光舟(おかみね・こうしゅう、1979年~)は、隆慶一郎(りゅう・けいいちろう、1923年~1989年)が好きだし。
ヨルシカのn-buna(ナブナ)は、尾崎放哉(おざき・ほうさい、1885年~1926年)や、種田山頭火(たねだ・さんとうか、1882年~1940年)、その他にも多くの文学者、文学作品を楽曲のテーマや要素として取り入れているし。
あ、いかん、いかん。本の話から音楽の話に比重が傾きつつある。
そうそう、結構、ミュージシャンたちの影響で、色々な作家に触れることになったというのもある。あとは、作家が尊敬する作家や、交流のある作家とかの繋がりなどで、読んでいったかな。
あとはシンプルに所謂、純文学作品とかも。太宰治と三島由紀夫は文庫で大半の作品は読んだし、森鴎外とかも、それなりに読んだような気がする。フョードル・ドストエフスキー(Fyodor Dostoevsky、1821年~1881年)の『罪と罰』とかも「読むのが大変だなぁ~」と思いつつ何とか読み切ったな。
宮本輝(みやもと・てる、1947年~)、伊集院静(いじゅういん・しずか、1950年~2023年)、五木寛之(いつき・ひろゆき、1932年~)とかもガンガン読んでいった。
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