障害年金をもらうと全ての物事が茶番になります
今回は障害年金の受給が確定してからの日々について書いていきたいと思います。
お金に対する不安が消えた
障害年金をもらうまでは常にお金の不安が頭の片隅にありました。
うつ病が悪化したり、親も病気になってしまったりした場合は自分はどうすれば良いのだろうかと常に考えているような精神状態でした。
しかし、障害年金の受給が決まってからは、いざとなればお金で解決してしまえばよいと考えるようになり、不安が消えました。
これはうつ病の症状に対しても効果があり、最悪就職が決まらなくても問題ないなと思えるようになりました。
私は現在就労移行支援に通所しているので最終的には就職活動を行うことになるのですが、それも体を壊すほど頑張らなくても問題ないというふうに、ある意味で冷めた頭で考えられるようになりました。
むしろ働きすぎて障害年金を切られてしまっては元もこうもないので、ほどほどに働けばいいやと思うようになりました。
これまでは非正規の障害者雇用で働くことなどはあまり考えていなかったのですが、障害年金を維持することを考えればそれもアリだなと思うようになりました。
何事も所詮は茶番である
また、何事も所詮は茶番だと思えるようになりました。
なんせ障害年金で最低限の生活はもう保障されているわけです。
もうそこまで何かを頑張る必要がないですし、このまま何事もなくいけば普通に幸せに生きられるという確信が得られたのはとても大きいです。
今後の就職活動も考えてみれば所詮一つの企業に忠誠を誓えるかという儀式みたいなものであり、その評価が人生を決めるわけではないんですよね。
むしろ就職活動のような小さな視点で考えるよりも、人生全体をどういうものにしていきたいかという視点で物事を考えるべきだと思います。
そうした考え方の変化が起こってきて、なんだか物事をメタ視点で見ている自分に気づき始めました。
良くも悪くも目の前のことに執着していないというか、目の前のことが正直なところどうでも良くなってくるんですよね。
自分が身を置いている大きな流れとは何か
目の前でランダムな世界が生成されていく過程よりも、もっと大きな視点で世界がどう動いていくのかみたいなところに興味が出てきました。
具体的には政治だったり、経済、歴史などに興味が出てきました。
老人になると世界の歴史や経済、政治に興味が出てくると言われていますが、まさにそんな感じで、世界がどう動いているのかに興味が出てきました。
おそらくそれを理解するには一生かかっても時間が足りないくらいなのかもしれませんが、それくらい規模が大きいことの方がむしろ時間が有り余っている自分にとっては都合がいいんですよね。
たった1ヶ月や2ヶ月程度学べばわかってしまうようなことに関しては正直なところ時間を費やす意味がないと思います。
1年から10年といった時間をかけてやっと理解できるような物事に興味が出てきたということです。
これには自分も驚きました。ここまで自分の中で認識に変化があるとは思わなかったからです。
自分は比較的理系の人間なので、経済や歴史には今まで興味がなかったのですが、むしろ理系の物事みたいに明確にわかっていることはそれほど価値がないのではないかと思うようになってきました。
死ぬまで考えてもわからないことを考えることこそ意味のあることだと思うようになったのは自分でも不思議です。