やすらぎの里
「やすらぎの里 断食リトリート」、その名を目にして吸い寄せられるように応募した。迷わず1週間プラン。重い体を支え切れない脚と足、その重さに圧迫されるかのように縮こまった体と心をなんとかしたいと思っていた。ひと月後、誕生日が来る前にその後の自分の人生の指針を軽やかに…決めたいと願っていたから。
2024年8月18日日曜日13時10分、伊豆高原駅でお迎えのバスに乗っていざ、やすらぎの里本館へ。
入所面談ではここ数ヶ月ずっと考えていたことを率直に伝えた。
「これまでの自分の人生を一度リセットして、リフレッシュした気分で来月の還暦にREBORNしたい。そして自分はそこから新たに人生をどう過ごして行きたいのか、の答えを見つけたい。」
物心がついた頃からなんとなく、自分の人生はこうやっていくのかな、そうなっていくんだろうな、と思い描き、大概その通りになってきた。長いスパンで大抵人の人生に起きてくる出来事を、何歳まで、とか、どこで、とか、何人で、とか、具体的に頭の中に思い描いてこられた。それは無意識であったが、目標を定めそうなるように努力したのかというと、そういう面もあったかもしれないが、なぜかすでにわかっていたように思う。しかし今、その先の未来をどうしても思い浮かべずにいた。きっとそれはこの先には、年を経ていくことがもたらす様々ネガティブ(と考えがち)な出来事、そして誰もが辿り着く最終ゴールへ向かうという事実を無意識のうちに恐れていたからなのだろう。
うまく伝えられたかはわからない、でも大沢先生は「きっとスッキリすると思いますよ。」と笑顔で2回繰り返した。
初めの3日間は断食だ。初日、初めての食事(?)は夕方6時に始まった。目の前に出されたのは梅酢ドリンクと底が見えるほど薄い具なしの味噌汁。いや待て、目にはシンプルでも豊かな出汁の香りが欠乏感の幾分かを埋めてくれる感覚。嗅覚が冴えて、香りは目に見えないけれどとても豊かなご馳走であることを知る。
入所説明会では、食堂に用意された8つのポットに入っているそれぞれの飲み物と飲み方の説明や今後の日程について話された。
一日の始まりは朝ヨガ・瞑想、そして散歩、夕食の前にはヨガやピラティス、姿勢と呼吸の実践、夕食後にもまどろみヨガや生活習慣講座などさまざまなプログラムがふんだんに用意されている。参加不参加は各自に任されていて、食堂やトレーニングルームに集まって仲間たちと情報共有や空腹時の感想を言い合って気を紛らわせるもよし、部屋でたっぷり睡眠を取ったり、仕事をするなど自由に過ごすことができる。清潔で快適な温泉と岩盤浴は入りたい時にいつでも何度でも入っていいし、月曜日から木曜日までは施術といって日替わりでマッサージ、カッピング、アロママッサージなどを提供してくれる。つかず離れずの距離感で、自分が大切に他人にケアされていることを知る。
初めのうちこそ空腹感にばかり意識が向いていたけれど、だんだんとそれにも慣れてくると、この場所は自分の体のためだけにたくさんのいいことを考えて実践できるところなんだな、と4日目の夜に気づく。
集う人びとも、そして参加する理由もさまざまだ。芸術家や起業家、仕事を引退した人や再雇用で働き続けている人、主婦…事情は違えど、この場所を自ら求めてやってきたという共通項がある。そして多くの人が自分が本気で好きなことを仕事にしている人たちだった。
朝の散歩で、食堂で、岩盤浴で、何気ない会話から励まされたり、納得したり、勇気をもらったり。何の役割も肩書も持たない私個人がこの体だけを持って、ただそこにいる。そのシンプルな事実を眺めて受け入れ、心地よさにただ浸っているうちに、呼吸が深くなり、目の前の景色がクリアに見えるようになっていく。気付かぬうちにいつも目の前にあるのが当たり前のフィルターが剥がれ落ちていた。断食によって体が軽くなり、同時に心の重しがスッとどけらたような気がした。
ああこれまで私の体は、十分頑張ってきてくれたんだなあ。難しい注文にも、長期に渡り踏ん張らなきゃいけない時にも、体は全部ちゃんと答え続けてくれた。必死で前へ前へと進むことばかりに夢中で、自分の健康、自分の体はあって当然と注意を向けることもなかったのに、ちゃんとついてきてくれていたんだなあ。そう初めて気づいて今度は体に対して心が感謝の気持ちで満たされていった。暖かくやらかい温泉に入って、体のあるありがたみをじんわり感じ、初めて自分の体を信頼できると思った。
体重は最初の2日で2キロ減少、その後1日数百グラムずつ減り合計で3〜4キロ減った。岩盤浴→温泉浴→睡眠のサイクルを1日2〜3回繰り返す。余分な水分と老廃物が汗となって流れ出る。一番驚いたのは、掌や手の甲からも汗が吹き出しびしょ濡れになったこと。体は水でできているのだ。朝晩のヨガと散歩で体の柔軟性と筋肉強化によって、本来備わっている体の機能が呼び起こされ、どんどん活性化されていく。
食事は4日目から朝10時と夕方6時の2回、栄養が足りて咀嚼を要するものと、出汁から丁寧に調理されている一品一品を噛み締めていただくようになる。断食直後は野菜のスムージー、梅大根から始まって、6日目の晩フルコースのディナーまでゆっくり体を慣らしていくことができた。
体がスッキリするとその一部である脳もスッキリとする。そんな当たり前のこと誰だってわかっている…でもこの「わかっている」というのはトリッキーだ。頭の中でだけわかっているつもりになっていても、実際に体がそれを経験していなければ、現実にならないのだ。体は常に動かすもの、動いているもの、動いているうちに健全な思考や判断が湧いてくるのだと実感した。
退所面談では、ここで一週間過ごして得られた思いを伝えた。「自分の体を信頼できるのだと気づきました。そしてこの先の人生は、本気で好きなことをやって生きていきたいと思います」と。大沢先生は「純粋に好きなことをやっていいと思いますよ。きっとできると思いますよ。」と、笑顔で言った。
やすらぎの里から戻って1週間が経った。帰宅直後からできるだけそこでの生活に倣って食事、運動、睡眠を実践しようと心がけている。体を動かしその声を聞いて必要なものを補い、余分なものをとらないよう努めている。人間関係や情報なども、単純にそういう判断で対処して行っていいものなんじゃないかな。これから起きてくるかもしれない様々なことで自分の価値観がずれたり頭でっかちになってしまうような時は、ちゃんと自分の体に聞けばいい。そのためにも体を大切にして健康でいようっと!
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