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3時間の心のトリップの果てに

高校生の時、学校に行かなかった時期がある。

高校2年生のゴールデンウィーク明けから夏休みを終えるまでの期間で、今思えばたった数ヶ月のことであったが、その間、カウンセラーのところに行ったり(行かされたり)、通っていた高校を辞めて単位制高校に編入しようかと考えたりしていたので、まあ、それなりにおおごとであった。

人生で初めてカウンセラーさんと面談をしたのもその時だ。話を聞いてくれる大人がいることが嬉しくていろいろと話をしたら、その後、カウンセラーさんと両親の面談があって、戻ってきた母の機嫌が史上最強に悪く、なんとか機嫌を直してもらいてくてなるべく平気な風を装っていたらそれが癪に障ったようで「お母さんのことを悪者にして!」と突如怒鳴られた、なんてこともあった。

そんなわけで高校生の時の私と母との関係は最悪だったのだが、何をどうしてそうなったのか、私たちは近所の市民会館にやってきたロシアのバレエ団の公演を二人で見に行くことになった。

今思うと、不登校になった娘がこのまま篭りっぱなしにならないように、いろんな体験をさせようとしてくれていたんだろう。

この時の演目は、白鳥の湖で、驚いたことに、私はオープニングのオーケストラの演奏でいきなり泣いた。

バレエを習ったことはなく、またやってみたいと思ったこともなかったティーンネージャーの私のそれまでのバレエのイメージといえば、可愛らしい女の人が爪先立ちでくるくる踊る周りを、ピッチピッチのタイツを履いた男性がねちっこく踊るという、ちょっと気持ちの悪いものだったのだが(何せ頭の中もティーンなのでごめんなさい)、実際に見てみたら全然違って、17歳の私は目の前で繰り広げられるライブアートに心を揺さぶられまくった。

あれから30年が経った今も、バレエの公演を見に行くと思い出すのは、その時のことだ。

とはいえ、涙が出るほど心を動かされる公演にはなかなか出会えていなかったのだが、昨日、久しぶりにキタ。

シティ・バレエ・オブ・サンディエゴのロミオとジュリエット。

プリンシパルは日本人ダンサー、伊藤菫さん。

繰り返すけど、私はバレエを習ったことがないので、ダンスの技術的なことは全くわからない。

しかし、舞台に可愛らしい菫ジュリエットが登場するなり、一瞬でジュリエットに恋するくらい引き込まれた。

なんというのだろう、情感の表現が豊かなもんで、あっという間に感情移入できたのだ。

おかげで私はロミオと恋に落ち、好きでもない人と結婚させらそうなことを嘆き、瀕死状態になる薬を入手した時には「ロミオにちゃんと計画を伝えておかないと大変なことになるよ」とハラハラし、案の定、大変なことになったラストではしばらく立ち上がれないくらい心を痛めた。

3時間の公演の間、私の心は今体がいる空間と全然違うところを旅していた。

数年前に人生初のオペラを鑑賞して以来、オペラのファンでもあるのだが、自分はパフォーマンスアートというものが好きなんじゃないかってことに今さらながら気づいた。

人生に起こるドラマとそこにいる人たちの感情といった群像劇を、歌で演じるのがオペラで、踊りで演じるのがバレエ。

もちろん、オーケストラの演奏も重要要素なんだけど、そこに人の体の表現が加わったものに心を惹かれるようだ、と。

また、新たな自分を発見した気分だ。

それで思ったんだけど、「何がやりたいかわからない」「何が好きかわからない」というときは、おそらく経験が少ないだけなんだろう。

経験したことのないことは好きも嫌いもわからないから、経験が多いほど好きと嫌いが見えてくる、つまり自分が見えてくるのだ。

それで言うと、今は「これをやりたい!」と思うものがあったとしても、その後の経験に応じて、やりたいものが変わるのが自然だ。

私も、今やりたいと思っていることがいくつかあるけれど、そこに固執せず、興味を持った物事はどんどん経験して、いくつになっても新しい自分をどんどんと見つけていきたい、などと思った。

バレエという3時間の心のトリップの果てに。

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